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【短編】亀の葬列

 知らない街の在来線は、座席の下の暖房が、ふくらはぎの裏側だけを温める。じきに、温められた血がじわじわと上体を目指して上ってくるような感覚を覚え始める。緩み始めた太ももの上で、2つの包みがひんやりと心地よい。レジ袋の包みの中には、土の詰まった透明な食品用コンテナが入っている。それは、亀の棺だ。私のスカートに覆われた右腿と左腿、それぞれに一つずつの、亀の棺が並んでいる。私は今日、かれらを埋葬する。

 亀たちが初めて私のもとにやってきたのは、もう15年も前の祭りの日だった。大学生の従兄がたわむれに亀を釣り、祖母が暮らす我が家に持って帰った。一人暮らしの従兄は亀を持て余し、2匹のミシシッピアカミミガメは我が家の一員となった。そのころはまだ、ミシシッピアカミミガメをそこらの露店で売ることが許されていた。
 かれらは、小学1年生の私の手の平に2匹同時にのせられるほどに小さく、それでも爪も体表も瞼も、確かに亀であった。不快感と紙一重の湿り気を引き締めるように、尖った爪が掌をチクチクと刺激した。かれらのほうもまた、妙に温かく柔らかすぎる私の掌に不快感を覚えたのだろう、転落もいとわないような勢いで逃れようとする。それを父がつまみ上げた。
 私が「ちいさきものはみなうつくし」という言葉を知り、亀たちを初めて見た時の感情に名前が付くまで、4年かかった。

 かれらは、ジョンとトラと名付けられた。トラ、とは正式名称ではない。正確には「トラボルタ」。もちろん名付けたのは私ではない。名づけの会議の際に母は(今思うと)にやけながら、その名前を提案した。それを受け父は軽く声を上げて笑った、ように思う。
 私はその、耳慣れない呪文のような響きを格好いいと思い、ぜひにと採用した。母は「本当にいいの」「何かごめん」としきりに繰り返し、父は「あーあ」と呆れていた、はずだ。数年後、映画『ヘアスプレー』を観て私は愕然とし、両親は命に対しなんと不誠実なのかと、初めて反発心を覚えた。
 1年も経てばジョンとトラは掌に1匹のるかのらないか、位にまで成長した。かれらの目は、無垢な丸ではなく、下半分だけで世の中を見通す、瞼に覆われた三角形になった。闇雲な愛らしさを脱したその目を、私は好ましく思った。

 小学4年生の頃、父の転勤で私たちは2つ隣の県に引っ越した。助手席で、薄く水を張ったジョンとトラの水槽を抱え、私は極力身体を揺らさないよう座っていた。山道で車が跳ねるたび、ジョンとトラは地震に見舞われたようにあたふたと騒ぐ。水槽からぷんと、生臭さと餌の塩からいような匂いが立ち上る。私は吐き気をもよおし、そして大きくため息をついた。
 何度めかのカーブで、車体は大きく傾いて、ジョンとトラは一際大きく混乱し、ガシャガシャと水槽の底に爪を立てながら騒いだ。胃にグッと圧がかかり、塩からい唾液が口腔の下側から湧いた。思わず舌打ちをした数秒後、父は車を路肩に停め、
「亀、ここで降ろすか」
と静かに言った。
 さぁっと血の気が引いたあと、私は小さく、ごめんなさい、と言った。3〜4台の車を見送り、父は黒い軽のワンボックスの後ろに合流した。
 父が、怒りではなく苛立ちを剥き出しにしたのは、あの1回きりだった。静まり返る車内で、ジョンとトラが水槽のガラスに甲羅をぶつける鈍い音が響く。私は、2度とジョンとトラに長旅をさせるまい、と誓った。

 転居先は郊外と呼べるほど付近に都もなく、端的に田舎だった。その分、広々とあかるい一軒家に住むことができた。一階の南向きのリビングの窓際に小机を置き、せっかくだからと近所のホームセンターで買った大きめの水槽を載せ、ジョンとトラも引っ越しさせた。真新しい水槽の真新しい水の中、かれらは首を甲羅に軽く押し込み、固まっていた。
 水槽に手を入れ、ジョンを持ち上げて、日向ぼっこに良いだろうと入れた大きな石に乗せてやった。普段豪胆なジョンが、驚くほど素早く両手両足を動かし、透明な水の中にぼちゃんと、落ちるように潜った。身を隠すための、縦に割った植木鉢のようなテラコッタの洞窟も、かれらを安心させる構造物にはならなかったようで、ひたすら新しい住処の真ん中で身を寄せ合っていた。
 かれらは餌を食べなくなった。いつも通りのペレットをいつもどおりに水槽に撒いても、鼻先でつんつんと様子を伺うだけで、すっと顔を逸らす。新居に着いた日の夕食も、翌日の朝食も、その日の夕食も、かれらは食べなかった。
 水槽の前で私はひっそりと泣いた。声を上げればまた、父に叱られるかもしれない、と思ったからだ。声には出さず、口元だけで、ごめんねごめんねと繰り返すと、その動きに沿って、鼻の横を通った涙は上唇へと進路を変える。少し口の中が塩辛い。ペレットはこんな味だろうかと想像し、また涙を零した。

 10日ほど経ち、ジョンとトラが新しい住処を受け入れる頃、私は未だ新しい教室の隅で身を固めていた。未だ、と言ったが、それは3ヶ月経っても変わらなかった。冷ややかな目線を浴びせられた訳でも、無視された訳でもない。トイレの場所や、昼休みにボールを使える人たちのこと、皆が上履きを買う店などをひととおり教えられる。その時期を過ぎると私は、クラスメイトとの間でやりとりすべき言葉を失った。いや、私の中に言葉はあったが、それは外に流れ出すことはなく、淀んで凝って、薄く匂いを放った。その匂いに耐えられなくなり、転校から半年ほどで私は学校を休み始めた。
 登校できないのか、登校しないのか。私にその差は分からないけれど、大人たちは拘った。少し機嫌よく過ごした日には決まって尋ねられる。無い答えを探すとき、私はジョンとトラの水槽を見つめた。物言わぬ私のともだち。母がため息をついて台所に行くまで、ジョンとトラを見つめる。かれらの呑気なあくびは、どんなに成長しても愛らしかった。

 ジョンとトラの性別が決まった日の話をしよう。
 数週間ぶりに我が家を訪れた教師は、私の視線の先にいる亀たちを見て
「名前は何て言うの?」
 と尋ねた。答えのある問いは心地よく、私は滑らかに、ジョンと、トラです、と言うことができた。
「じゃあ、男の子なんだね」
 答えは無い。私はかれらを、男か女か、という観点で見たことがなかった。答えは無い、答えは無い。つまり、「分かりません」という答えがある、ということだけれど、私はまだそれを知らなかった。我ながら不安になるような沈黙が続いたあと、教師は、卒業文集の原稿用紙について説明を始めた。
 風呂に入った後、自室で「亀 性別 調べ方」と検索した。確か、尾っぽの太さや長さ、爪の長さで判別できる、ということだったと思う。結局のところ、どれだけ観察しても、明確にかれらの性別を判別することはできなかった。
 ただ、私はかれらを「彼女ら」である、と断定した。
 トラは、少し垂れ気味の愛らしい目をしていた。ゆっくりしたまばたきに、艶めかしさを感じるときもあった。たおやかな亀であった。これは、女だと思った。
 ジョンは、気が強い。その気性にふさわしい大きく吊った目をしている。俊敏で、力強くもあった。しかし私は、大きな目に、無いはずの長いまつ毛を見た。おそらく、美人なのだろうと思った。気の強さも、少女文学に出てきた貴族の娘の高潔さに似ている。これもまた女だ、と思った。

 両親に頼み込み、ジョンとトラの水槽を私の部屋へ引っ越しさせてからは、日がな、彼女らの傍で過ごした。晴れた日には、窓から注ぐ光を一緒に浴びる。彼女らがそうするように、目を瞑って、頬に暖かさを感じる。日光を浴びた私の瞼の裏は、オレンジに光っている。ジョンとトラの厚い瞼は、このように光を透かすだろうか。いや、そんなことは無いだろう。同じ光景を見ることができないのはもどかしい。それでもきっと、暖かさを同じように感じていただろう。
 雨の日には、岩の上に登っては水の中に落ちるように飛び込む彼女らを眺めていた。何が楽しいんだか、と思いながらも、ひたすらに亀を見つめる自分も同じようなものだと気づき、薄く笑う。メディアなしで笑えることが、嬉しかった。

 高認を取り、大学に合格しても、ジョンとトラは生きていた。自分のともだちが「万年」と呼ばれる生き物なのは幸いだった。かつて暮らした、二つ隣の県の大学に進学することになった。亀たちを伴って長旅をしないと心に決めてから9年経ち、私は「たった一度、4時間程度なら流石に耐えられるだろう」と思うくらいには、ジョンとトラに馴れ合いに近い信頼を覚えていた。あの日と同じように、父の車に揺られて、一人暮らしするアパートに向かう。違うのは、立派なバイパスが開通し、山道を通る必要がなくなり、旅程も1時間半短縮されたことだ。父が言うには、高速道路も1車線増えたらしいが、私には、山道の起伏以外の記憶はぼんやりとしか残っていなかった。
 それでもジョンとトラは相変わらずの臆病さで、車のエンジン音なのか、微かな揺れなのか分からないが、どうということのない刺激にいちいち反応した。なるほど、父は私が小学生だったあの日、私というよりは亀たちに苛立っていたのかもしれない、と納得した。そうであってほしい、という気持ちもあった。
 1人と2匹で暮らす日々への高揚感で、水槽の匂いはさして気にならず、ジョンとトラはビビりだねなんていう軽口を交わし合う。私ははっきりと、自分は大人になったと思った。
 物件選びはほぼ母のみが進めたけれど、私は「日当たりを最優先して」と何度も念押しした。多少大学から遠くとも、たとえ1階であろうとも、日当たりさえ良ければよい、と。流石に女の一人暮らしで、1階は物騒だからと言って、母は、3階建ての築10年のアパート、その3階角部屋を選んだ。
 南側の掃き出し窓の傍に、これまでと同じように小机を置き、水槽を載せた。防犯のために、と母は遮光性能の高いカーテンを選んだ。女の一人暮らしとばれにくいらしい、深いブルーのそのカーテンの端はいつも持ち上がり、日光を部屋の中に招き入れ、夜は私の部屋の光を外に漏らした。完璧な防犯と引き換えに、ジョンとトラに日光を与えた。たとえ曇りの日でも、外の光が彼女たちには必要だから。
 小雨の日、カーテンと窓ガラスの間に座り、ジョンとトラの水槽に並んで、うすい日光を浴びる。目を瞑って、瞼の裏がオレンジであることを確かめる。微かな雨の音。隣人がドアを施錠し、階段に向かう足音。隣の駐車場で、車が切り返すタイヤの音。いろんな音が通り過ぎていくけれど、ジョンとトラと私は、ただここに留まっている。ぐるぐると岩の上と水の中とテラコッタの洞窟をめぐる彼女らは、滞留しているという自覚はあっただろうか。今となっては、いや、彼女たちが万年生きていたとしても、私には分からない。

 言葉を外に流す必要がない大学生活は、居心地がよかった。水槽のように言葉は私の中に滞留するが、それを揺らす人はおらず、溜まったら吐き出すように日記に綴る。私の日記は、食べたものと読んだ本だけの記録が数日続いたのち、唐突に数ページに渡る独白が続く、不均衡なものだった。それは今も変わらない。だから私は、日記を読み返すということをしない。
 一度だけ、自室でセックスをした。同じ学科の、1学年上の先輩が、飲み会の途中流れるように私の隣に座り、流れるように私の部屋に来た。私を流す何かがある、ということに、新鮮な驚きを覚えたし、喜びも覚えていた。
 先輩の手はかさついていて、徐々に私を冷静にした。上げている脚がだるいな、と思った頃、窓際のいつもならもう眠っているはずのジョンとトラが、水槽の中でガツガツと音を立てた。右を向き、水槽に目をやる。目が合った。きっと、合った。彼女らの黒目ばかりの眼の中に、抗議の色を見た。
 考えてみれば当然のことで、ともだちと暮らす家に男を招き、私はセックスをした。男は「は、うるせえな」と笑い、さらに大きく動いた。私の心の中にあるのは、背徳感ではなく、混じりけのない罪悪感だった。彼女らの抗議と、男を受け止めながら、私は2度とこの部屋に誰も招くまい、と誓った。
 翌朝、流れるように男を送り出したあと、豆乳に浸したグラノーラを食べた。ペレットとはこういう食感だろうか、と思いながら咀嚼し、9時50分になるのを待って家を出た。近所のスーパーで無着色の桜えびを買って帰り、ジョンとトラに与えた。ふたりは昨日のことなど無かったかのように、詫びえびを貪った。ジョンはトラの倍は食べた。

 そう、そのころにはもうジョンとトラの力関係はずいぶんと明確になっていた。ジョンの高潔さは、高慢さに変った。変わったのだろうか。私が気づいていなかっただけ、なのかもしれないけれど。ペレットを撒くと、ジョンはトラの頭を押さえつけ、水中に沈めながら、ひとり貪った。トラは短い手をクロールのように回すだけで、ようやく逃げ出しても反撃一つしなかった。それが一層、私を苛立たせた。私が、ジョンの顔側の水槽のガラスを拳の角で叩いても、ジョンは一瞬首をさっと引くが、荒い鼻息を吐くような表情をするばかりで、その目に怯えは無かった。むしろ、トラがすごすごと岩陰に身を隠し、いよいよ餌はジョンのものになった。
 彼女たちは時に向かい合い、両手を顔の前に出してぶるぶると震わせるような動きをした。それは、彼女たちがあくび・まばたき・食事・睡眠・日向ぼっこばかりのローテーションの日々を過ごすことを考えると、異様な動きだった。調べてみると、その動きは「求愛」または「威嚇」のしるしだった。彼女たちの険悪さ――いや、トラにそのそぶりは無いが、ジョンは明らかに攻撃的であることを考えると、どうにも「求愛」とは思えず、胸がひやりとするような、なんとも嫌な気持ちになった。あの狭い水槽という世界で、同居人同士が威嚇し合っている。この平和はぎりぎりの均衡の上に成り立っている、そんな気がした。
 じきに、ジョンがトラの手に噛みつくようになり、私は彼女たちに個室を与えることを決意した。

 ジョンの水槽とトラの水槽をぴったりと並べて窓際に置く。水槽を分けても彼女たちは相変わらず、威嚇のポーズをした。ガラスで隔てられ、ぶつかり合うこともできないのに。もし、あれが求愛の方だとしたら、と思うこともあったが、だとしても、トラの身の安全のためにはこうするしかなかった、と自分に言い聞かせた。
 水を替えるときだけ、ふたりは会うことができた。グレーのユニットバスの、空の湯舟にふたりを放ち、私は2つの水槽を洗う。見慣れない世界で、彼女たちはいがみ合うことなく、それぞれ過ごした。意外にも、こういう知らぬ場所で臆病に固まるのはジョンの方だった。体は大きいが気は小さい、絵にかいたようないじめっ子だと私は鼻で笑った。やや萎縮したジョンは、トラをいじめない。落とさないよう慎重に持ち上げ、順番に甲羅をブラシで洗ってやる。そこに神経が通っているのかは分からないけれど、気持ちよさそうな顔をするのが嬉しかった。
 水槽に新しく水を張った後は、彼女たちを連れてベランダに出る。隙間から落ちたり、隣のベランダに侵入することの無いよう経路をふさいで、狭いベランダを探検させてやる。水槽の中と違い、すばしっこく歩く。コンクリートに爪の当たる、チャキチャキという音が耳に心地よい。私はサイダーを飲み、たまに彼女たちの写真を撮った。気まぐれに、ふたりを同じ水槽に住まわせてやりたくもなったが、それは、違う、と思い直す。水槽を洗うたびに、そう考えていた。

 先に死んだのはジョンだった。
 大学から帰ったら、ジョンの水槽が空っぽだった。部屋に入って、そのことに気づくまでに、5秒もかからなかったと思う。つくづく、彼女たちは私と同居していたのだと思い知った。
 ジョン! ジョン! と、鳴き声も上げない生き物の名を呼ぶ。思えば私が本気でジョンに呼びかけたのは、この時が初めてだった。大して物のないワンルームの中で、彼女を見つけるのは容易かった。ジョンは、ベッドの下でひっくり返っていた。さっと引きずり出し、腹を下に向け、目を合わせ、もう一度
「ジョン」
 と呼んだ。ジョンは傷ついていた。外傷はない。心が傷ついている、そういう目をしていた。ジョンの腹を、そっと私の左胸に当てた。ジョンは噛みつきもひっかきもせず、じっとしていた。なぜ、水槽の蓋をしなかったのか。ジョンがトラが、この壁をよじ登る力があると、一瞬も思わなかったのか。ジョンは、自分の水槽を出てどこに向かいたかったのだろうか。このアパートの廊下か、ベランダか、それともトラの水槽か。ジョンと話さなければわからない疑問を幾つも浮かべ、それら全てを「いずれにしろ、取り返しはつかない」という結論でまとめた。
 ジョンは、ペレットも、冷蔵庫に残っていた桜えびも食べなかった。隣の水槽では、ジョンに邪魔されることなくトラが桜えびを水と一緒に吸い込んでいく。あれほど高慢で憎らしい輝きを持っていたジョンの目は、怯えて沈んだままだった。「亀 落下」で検索し、事態は思ったより遥かに深刻であることを知った。内臓が損傷している恐れ。あの硬い甲羅の意味は何なんだよ、と、小学生以来の舌打ちをした。きっと、今のジョンにそんな元気はないだろうと思いながらも、段ボールを大きく切り出し、2つの水槽の上に被せ、その上に、1年生の頃に使ったフランス語の、薄いわりに大きなテキストを載せ重石代わりにした。
 それから3日経ち、ジョンは水の中で、目を閉じたまま動かなくなっていた。あと1日待とう、と思った。まだ10月だが、冬眠のように長めの眠りについた可能性もある、と思ったから。翌朝も、アルバイトから帰宅してからも、ジョンは同じ姿勢のままだった。水槽に手を入れ、持ち上げると、腹を上にしてもジョンは抵抗も硬直もせず、だらりと腕を垂らしていた。
 私はジョンに、二度目の呼びかけをした。もう、声を張り上げて呼んだりはしない。ここにいるのはジョンだ、という、自分への確認作業にも似たものかもしれない。ジョンから垂れた水が、スウェットの膝あたりを濡らす。そんな時にも、水は臭かった。
 翌日の夜、私は、「都市は死者を埋葬するようにデザインされていない」ということに直面し途方に暮れた。無理矢理にアパートの出口近くの植え込みに埋められなくもない。だが私はあと二年もすれば、就職しこのアパートを去るだろう。この場所は、ジョンを置いていくには理由がなさすぎた。要は、ゆかりがないのだ。
 実家の庭もまた、違う、と思った。私が共に暮らし、私のもとで死んだ者を、私のともだちを、実家の庭に埋葬することに違和感があった。ジョンはそれを望むか。いや、ジョンの望みの正解を考えること自体が傲慢ではあった。でも、使わなくなったテキストのようにジョンを実家に預けるよりは、私の独りよがりな正解をジョンに手向けたかった。ジョンを埋葬するに相応しいゆかりを探し、そこに彼女を埋葬しようと思った。なるべく、日帰りで済むところ。
 範囲を決めてしまうのは不本意だが、トラを伴って泊まりがけの旅行はできない。彼女には生きていて欲しかった。トラだけでも平均寿命をまっとうし、その姿を見ていたかった。ジョンの分まで生きて、などとは言わない。ただ、あるはずだった未来を断たれた、ジョンのようにはなってほしくなかった。同じ県内の、一級河川を遡った町の河原に、ジョンを埋葬しようと決めた。本来棲むべきだっただろう、川に還してやりたいと思った。清流の中の岩の上、日を浴びて目を瞑るジョンの姿を想像する。
 ジョンの亡骸を、ホームセンターで買った土と共に、食品用の透明コンテナに閉じ込めた。腐敗するならせめてその中で、と思った。

 その2〜3日後、長い朝寝から覚めると、トラが水の中で眠っていた。
 もう、「取り返しがつかない」とは思わなかった。この出来事だけが殊更に取り返しがつかないわけではないと、思ったから。ふたりの水槽に蓋をしなかったこと。体に良くないだろうか、と、あまり桜エビをあげなかったこと。ふたりの水槽を分けたこと。3人でベランダで戯れたこと。ジョンとトラとこのアパートで暮らすと決めたこと。さいわいもあやまちも、全て取り返しはつかないのだと私は知っていた。
 ただただ、「トラは後を追うように亡くなった」という事実に愕然としていた。頭を押さえつけられ、餌を奪われ、手を噛む、高慢な眼をしたジョンを、トラは慕っていたのか。その死は、自分の生命も脅かすほどの悲しみだったのか。ガラス越しに彼女たちが手を震わせた、あれは求愛だったのか、威嚇だったのか。いじめなのか、じゃれ合いか。さらには、ジョンは雌だったのか。トラは雌だったのか。ジョンが納棺された今となっては、尾っぽの太さも爪の長さも比較できない。分かるのは、ふたりの間には私が一生分かることの無いものがあった、ということだ。それは、水槽を分けても、ガラスに隔てられても、変わらないものだった。果たして彼女たちは――いや、かれらは、私をともだちだと思っただろうか。答えのない問いをまた繰り返し、私はようやく2匹分の涙を流した。涙は頬を伝うことなく、目からそのまま床に落ちた。

 ジョンの死によって、私は身軽になった。どこにでも行けることになった。思えば私は、かれらを置いて家を空けることはできない、と、大学に入ってから旅行らしい旅行をしなかった。実家には何だかんだと理由を付けて、正月にほんの少し帰省するだけだった。旅をする自由を手に入れ、私は距離と日数の制約をせず、かれらにふさわしい場所を探した。もっと遠くへ、もっと美しい川へ。
 それから2週間経った今日、朝早くに家を出た。
 新幹線と在来線を乗り継ぎ、目的地の駅に降り立った時にはもう15時半になっていた。

 無人駅だった。駅のホームから、歩道橋のような跨線橋を通り改札に向かう。駅舎には案山子のように、ICカード読み取り用の機械が一台だけ佇む。もしチャージ金額が足りなかったらどうするんだろう、とぼんやり考えながら、その右側を通り過ぎた。
 駅前のロータリーを過ぎ、山の方に向かうバス停は道のこちらか、あちらかと迷って、案内板を見ている時だった。後ろから、子どもたちの笑い声が聞こえた。女の子だった。
 水色のランドセル、茶色いランドセル、その後ろに50センチほど空いてピンクのランドセル。3人の女の子が連れ立って歩いていた。微かな知らない訛りで、全く知らない人たちの話をしている。きっとクラスメイトの噂話なのだろう。喋っているのは前の2人ばかりで、ピンクのランドセルの女の子は、50センチの距離を越えられるよう、殊更に大きな声で笑ったり、へぇ、と感嘆したり、ねぇそれはさ、と呼び掛けて、でもその声は拾われず。それでも、彼女は決して離れてはならないのだ。離れてしまえば、もう近づくことはできないから。
 歩行者用信号が点滅するのに気づいて、女の子たちは走り出す。追いつけ、と私は祈る。60センチ、80センチ、1メートル。2人と1人は離れてゆく。
 左右に揺れるピンクのランドセル、その中にきっと、2つの包みが収められている、と思った。教科書やノートやタブレットをかき分けて、砂とともに亀を納めた、2つの棺が入っている。ピンクのランドセルの女の子と、ずっしりと重たい2つのビニール袋を持った自分が重なる。ならば、あの水色のランドセルと茶色いランドセルは。追いつけない二人は。
 山へ行くのは、やめよう。かれらを、清流の近くに埋葬するのはやめよう。山へ向かうバス亭は道のこちら側だった。私は、歩行者用信号が青に変わるのも待たずに、道を渡った。左手にジョンの棺を持ち、右手にトラの棺を持つ。横並びの葬列となって、道を横切った。

 バスを降り、海の手前の参道を通り抜ける。土産物屋の老婦人は、商売っ気なくこちらに背を向け、店先のワゴンを仕舞っている。比較的新しいかき氷屋のラジカセから流れる音楽ばかりが賑やかで、その傍を通り抜けると、波の音がどうどうと響いていた。海水の気配で空気までが塩辛く、それは、ジョンとトラが居るべき場所ではないことを示していた。
 今が満潮か干潮かは分からないが、簡単に砂を持って行かれては困る。波打ち際から15メートルほどの、地面を這うように草が広がるあたりに向かい、2つの包みを下ろした。ぶらぶらと持ち歩いたせいで、固く結ばれてしまったビニール袋の結び目に爪を立て、少しずつ緩めていく。結び目が完全に解け、ビニール袋のねじれを戻すと、一気に異臭が辺りに漂った。蓋をしているはずなのに分かる、腐敗したジョンの臭い。それは不思議と、塩辛い海の匂いによく似ている。トラの棺もまた、同じ臭いを放っていた。時に攻撃され、手を震わせ合い、ジョンの後を追って死んだトラは、ジョンと同じように腐敗している。私はひとり、その臭気に当てられている、かつてかれらとともだちだったはずのいきものだ。死んでようやくその間に割り込めた、その腹いせにかれらを海に埋葬しようとしている私を、かれらはともだちだと、認めるだろうか。
 乾いた砂は、掘っても掘っても崩れてくる。私はジョンの棺を包んでいた袋に海水を詰めて運び、砂の上にぶちまけた。黒く湿った砂を素手で掘っていく。爪の中が黒くなり、指先は冷たさでじんじんと痛んだ。トラの棺を包んでいた袋を裏返し、手袋のように右手に嵌めて掘り進めた。耐えられる程度の不快感が重なり、墓穴を掘るという行為は「作業」になった。

 穴の深さが40センチ程に達し、私は掘るのをやめた。顔を上げると、忘れかけていた波の音がする。遊歩道を、犬を連れた老夫婦が颯爽と歩いていく。犬の白い腹は、夕陽を浴びてオレンジ色になっていた。数年ぶりに生きているものを見たような気分になった。私の髪が、腐敗臭のない、ただの海風に靡き、海と逆の方に流れる。いよいよ、亀たちを埋葬しなければならない、と思った。
 ジョンの棺を持ち上げ、顔を背け、穴の上でひっくり返した。棺の重さは変わらない。棺の底を手のひらで2〜3度叩いた。保育園のころ、プリンカップに砂を詰めてひっくり返し、ケーキを作るのが好きだったな、と思い出したとき、ふっと手の中が軽くなった。ドサッという音と共に、これまでの比ではない強烈な臭さが漂った。煮詰めて煮詰めて腐らせた海の匂い。吐き気をもよおしながら、2メートルほど逃げ、2度、深呼吸した。手の痺れるような動悸を感じて、おそらく臭いが染み付いているだろうコンテナを足元に落とした。砂の上のコンテナを見つめながら、棺はもうひとつある、と思い出した。
 大きく息を吸い、ん、と止めて、小走りで墓穴に近寄った。ジョンよりも幾分乱暴にトラを墓穴に突き落とす。再び逃げて、普通の海の空気を吸い込んだ。空のコンテナをまた足元に落とし、2メートル先の穴を見つめた。その右隣にある砂の山も。あの山を崩さずずらせば、穴は埋まる。砂山の右側に両手を添え、ぐっと力をかける自分をイメージし、駆け出した。ブルドーザーのように重い砂山を動かして、穴の中に一気に落とした。10秒ほど待って息を吸い込む。ただの海の匂いがした。
 いつもジョンに頭を押さえつけられていたトラが、今はジョンの上にいる。全く意図していなかったが、私は正しく埋葬出来たのだ、と思った。砂を均し、手のひらで何度か叩いた。墓標は立てない。もうこの墓に参るものはいないから、しるしは必要なかった。せめて花を供えるべきかと思ったが、秋の終わりの砂浜に花はない。手を合わせるのもなんだか白々しいような気がして、手のひらに付いた黒い砂をパンパンと払った。

 のっそりと立ち上がり、海を見渡す。どうにかミシシッピにつながっているこの海を、ジョンとトラは見つめるだろうか。この地に台風が訪れたら、かれらを海に引き込むほどの波が打ち寄せるだろうか。
 砂の上に転がる二つのコンテナを拾い、砂にまみれたビニール袋に入れた。中身を失っても強烈な海の臭いを放つそれらを、宿に持っていく気にはならない。かと言って、通りすがりのコンビニのゴミ箱に捨てるのは憚られる。せめてこの海岸沿いの遊歩道に、大きなゴミ箱がないだろうか。私は一縷の望みを賭け、左手に袋を提げて歩き出した。





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