探究や課題研究はまず挨拶から指導する

私は、探究活動や課題研究を指導するとき、研究テーマや実験方法より先に、挨拶を大切にしています。
こう書くと、
「研究と挨拶に何の関係があるのか」
と思われるかもしれません。
研究には、問いを立てる力が必要です。
実験技能も必要です。
データを分析する力も必要です。
もちろん、それらは大切です。
それでも私は、探究や課題研究をする生徒だからこそ、まず挨拶から指導したいと考えています。
その根幹には、私が教育で大切にしている一つの考えがあります。
心は行動に現れる。
行動は心を表す鏡。
挨拶にも段階がある
生徒の挨拶を見ていると、私にはおおよそ次のような段階があるように見えます。
1.そもそも挨拶をしない
2.挨拶されないと挨拶しない
3.挨拶はするけれど、目線が合わない
4.挨拶はするけれど、相手が気持ちよくならない
5.相手が気持ちよくなる挨拶をする
私が目指したいのは、もちろん5です。
ただし、「元気よく挨拶ができる生徒」をつくること自体が目的ではありません。
私が見ているのは、
「自分が挨拶をしたか」ではなく、「その挨拶をされた相手がどう感じるか」
です。
形だけ「おはようございます」と言えばよいわけではない。
相手のために挨拶ができる人になってほしいのです。
よい挨拶は、相手の存在に気づくところから始まる
私が「相手を大切にしている挨拶だな」と感じるとき、生徒はいくつかの行動をしています。
まず、相手の存在に自分から気づきます。
つまり、周囲を見ています。
そして、自分が何か作業をしていたとしても、一度その手を止める。
必要なら立つ。
頭だけを下げるのではなく、身体ごと相手の方を向く。
目線を合わせる。
お辞儀をして終わりではなく、顔を上げるところまで相手を見る。
相手に届く声で、元気よく伝える。
表情もにこやかです。
ここで大切なのは、一つ一つの動作を「正しい挨拶の型」として覚えることではありません。
なぜ、その行動になるのか。
そこを考えてほしいのです。
たとえば、自分が夢中になって実験しているときに誰かが部屋へ入ってきた。
自分の作業だけを考えていれば、そのまま実験を続けるでしょう。
しかし、
「来てくれた相手を大切にしたい」
と思えば、一度手を止めるという行動が生まれます。
自分の机に向かったまま「こんにちは」と言うのではなく、身体を相手へ向ける。
相手の存在をきちんと受け止めたいと思えば、目線も向きます。
つまり、挨拶とは数秒間、
「今、私は自分のことだけではなく、あなたの存在を大切にしています」
と行動で表すことなのだと思います。
心は行動に現れる
私は、子どもたちにもこの考えをそのまま伝えています。
教室でも伝えます。
部員たちの前でも伝えます。
「もっと大きな声で挨拶しなさい」
だけでは終わらせません。
なぜ、その挨拶をするのか。
なぜ、相手の方を向くのか。
なぜ、手を止めるのか。
その根底にある考えを言葉にして伝えます。
心は行動に現れる。
行動は心を表す鏡。
「相手を大切にしています」と口で言うことは簡単です。
しかし、本当に相手を大切にしているのであれば、それは日常の行動のどこかに現れるはずです。
挨拶は、その最も分かりやすい行動の一つです。
なぜ探究や課題研究で、そこまで挨拶を大切にするのか
研究は、一人ではできません。
もちろん、一人で実験することはできます。
一人で論文を読むこともできます。
一人でデータを分析することもできます。
しかし、研究そのものをよりよいものにしていこうとすれば、必ず他者が必要になります。
先生に質問する。
研究者から助言をもらう。
仲間から意見をもらう。
発表を聞いた人からコメントをもらう。
自分では気づかなかった問題点を指摘してもらう。
自分たちでは使えない装置を使わせてもらうこともあるかもしれません。
研究は、多くの人とのつながりの中で進んでいきます。
だからこそ、
他者を大切にできることは、探究する人にとって研究技能とは別の付属品ではない
と私は考えています。
探究を続けていくための土台です。
他者を大切にできる人は、助言を受け取れる
私は、挨拶をはじめとした日常の行動と、研究中の態度はつながっていると考えています。
他者を大切にできる人は、人の助言を素直に受け入れやすい。
自分とは違う意見にも耳を傾けられる。
協力してもらったときに、「やってもらって当然」と考えず、感謝できる。
自分が助けてもらうだけではなく、仲間が困っていれば支えることができる。
そして、そういう生徒の周りには、少しずつ人が集まってきます。
研究発表やコンテストに向かうとき、
担任から、
「頑張ってこい」
と言ってもらえる。
保護者から送り出してもらえる。
仲間から応援してもらえる。
私は、そんな生徒になってほしいと思っています。
「成果を出す生徒」より、「応援される生徒」
以前の私は、研究指導をするとき、
「何を研究させるか」
「どうやって研究技能を身につけさせるか」
「どうすれば成果を出せるか」
ということを今より強く考えていました。
もちろん、今でも大切にしています。
しかし、生徒たちを見続ける中で、見る場所が少しずつ変わってきました。
今は、
「この行動は、他者を大切にする行動だろうか」
と考えることが増えました。
どれだけ高度な研究をしていても、その過程で周囲の人を大切にできないのであれば、私はそれを教育として成功したとは考えません。
反対に、研究がまだ十分に進んでいなくても、
人の話を聞ける。
助けてもらったことに感謝できる。
仲間を助けられる。
周囲から応援される。
そんな人間性が育っているのであれば、その探究活動には大きな価値があると思っています。
挨拶は、他者を大切にするための最初の一歩
だから私は、探究や課題研究の指導を、挨拶から始めます。
挨拶そのものを上手にすることがゴールなのではありません。
自分のことだけではなく、目の前にいる人のことを考えて行動できる人になること。
その最も身近な練習が挨拶です。
相手に自分から気づく。
自分の手を止める。
身体を向ける。
目を見る。
相手に届くように伝える。
相手が気持ちよくなるように振る舞う。
こうした一つ一つの行動の中に、その生徒が他者をどう捉えているのかが現れます。
心は行動に現れる。
行動は心を表す鏡。
探究する力を育てたい。
研究できる生徒を育てたい。
だからこそ、私はまず、人を大切にできる生徒を育てたいと思っています。
そして、その第一歩として、今日も挨拶を大切にしています。
