「何をやるか」より「誰とやるか」― 他者とともに探究する人を育てたい理由

サイエンスクラブに入部してくる生徒の多くは、最初から何かしらの「やりたい」を持っています。
「研究がしたい」
「生物の研究がしたい」
「生き物を飼育したい」
「今までとは違う、変わったことをしてみたい」
どれも素晴らしい動機です。
私自身、以前はこうした生徒の興味をどう研究につなげるかをよく考えていました。
何を研究させるか。
どうやって研究技能を身につけさせるか。
どうすれば成果を出せるか。
面白い研究テーマを見つけ、実験方法を身につければ、生徒は自分から研究を進めていく。
どこかで、そんなふうに考えていたのだと思います。
しかし、実際に生徒たちを見続けていると、それだけでは説明できないことがたくさんありました。
「興味がある」だけでは、続かない
もちろん、人は興味があるから動きます。
しかし、「面白そう」だけで長期間動き続けられる人は、それほど多くありません。
探究では、思ったような結果が出ないことがあります。
実験が失敗する。
何をすればよいのか分からなくなる。
調べても答えが見つからない。
そして、自分で問いを立て、方法を考え、試行錯誤できるようになるまでには時間がかかります。
その「自走」までたどり着く前に、最初の興味より先に「飽き」や「諦め」がやってくることがあります。
ところが、同じ生徒でも、人との関係ができると行動が変わることがあります。
一人ではなかなか部活動に来なかった生徒が、仲間ができた途端に来るようになる。
顧問や先輩から必要とされたことで、自分から考え、動き始める。
そういう姿を何度も見てきました。
そこで、私の中で少しずつ考え方が変わっていきました。
教育活動、とりわけ教科外の活動では、
「何をやるか」だけではなく、「誰とやるか」が大切なのではないか。
興味は、始める力。つながりは、続ける力。
興味は探究を始める大切なきっかけです。
しかし、その活動に意味や価値を感じられなければ、動き続けることは難しい。
その意味や価値は、自分一人の中だけで生まれるとは限りません。
誰かと一緒に考える。
誰かから期待される。
自分の役割がある。
困っている仲間を助ける。
自分も助けてもらう。
そうした関係の中で、
「もう少しやってみよう」
「自分も頑張らなければ」
「ここまで来たから、次もやってみたい」
という気持ちが生まれることがあります。
私は今、
興味は探究を始める力になり、他者とのつながりは探究を続ける力になる
と考えています。
一人で到達できるところには限界がある
他者が必要なのは、探究を続けるためだけではありません。
自分一人で到達できる成長や研究の上限そのものにも限界があります。
研究は、本来、一人だけで完結する営みではありません。
研究者からアドバイスをもらう。
発表を聞いた人からコメントをもらう。
違う専門性を持った人から、自分にはなかった視点をもらう。
時には、自分が大切にしていた仮説を他者から否定されることもあります。
しかし、そのやり取りによって研究は磨かれていきます。
優れた研究ほど、実は多くの人とのつながりの中でつくられている。
だから、生徒にも、
「自分で何でもできる人」ではなく、「他者を必要としながら探究できる人」
になってほしいと思うようになりました。
「人に頼れる」ことも、探究する力だと思う
学校では、「一人でできる」ということが高く評価される場面があります。
自分で考える。
自分で調べる。
自分で問題を解く。
もちろん、それらは大切です。
しかし、本当に難しい課題に挑むほど、自分一人ではできなくなります。
分からなければ聞く。
必要なら助けを求める。
自分にない力を持つ人に協力してもらう。
私は、これも探究する力だと思っています。
そして大切なのは、一方的に「助けてもらう」ことではありません。
人に頼る。
人から頼られる。
助けてもらったことに感謝する。
今度は自分が誰かのために動く。
そんな関係の中で、自分の興味が、自分だけのものではなくなっていく。
他者と関わり、頼り、頼られながら、自分の興味があることに一生懸命になる。
私は、その探究活動そのものに教育的な価値があると考えています。
応援される生徒になってほしい
もう一つ、私が大切にしていることがあります。
それは、
「応援される人になってほしい」
ということです。
研究発表やコンテストに向かう生徒がいたとき、
担任から「頑張ってこい」と声をかけられる。
保護者から「頑張っておいで」と送り出される。
仲間から「応援している」と言われる。
私は、そんな生徒であってほしいと思います。
賞を取ったから応援されるのではありません。
それまでに、周囲の人を大切にしてきたからこそ、その挑戦を応援してもらえる。
自分のためだけに努力するのではなく、誰かと一緒に努力する。
人の力を借りたときには、その存在に感謝する。
そして自分もまた、誰かの挑戦に力を貸す。
そういう人だからこそ、
「この子なら応援したい」
と思ってもらえるのだと思います。
将来、大きなことを成し遂げるときにも、一人だけの力では限界があります。
人が集まり、力を貸し、挑戦を支えてくれる。
私は、研究活動を通して、その土台となる人間性まで育てたいと思っています。
私が見るものも変わった
この考えに至ってから、生徒を見る視点も変わりました。
以前は、
「何を研究させるか」
「どうやって研究技能を身につけさせるか」
「どうすれば成果を出せるか」
をよく考えていました。
もちろん、今もそれらは大切です。
しかし、それ以上に、
「今の行動は、他者を大切にする行動だろうか」
と考えるようになりました。
研究の結果だけではなく、その過程で生徒が人とどう関わっているのかを見る。
研究が進んでいても、その裏側で誰かを粗末にしているのであれば、それを「良い探究」として見過ごしたくはありません。
反対に、大きな成果が出ていなくても、仲間を必要とし、仲間から必要とされ、互いに支え合いながら本気で探究しているのであれば、その姿には大きな教育的価値があると思っています。
だから私は、育てたい生徒像の一つとして、
「他者とのつながりを大切にし、他者を必要としながら、ともに探究する人」
を掲げています。
「何を研究したか」だけではなく、
「誰と、どのように探究したか」。
その経験は、研究が終わったあとにも、その生徒の中に残るはずです。
では、
「他者を大切にしながら探究している生徒」と、
「他者を大切にせず探究している生徒」では、具体的にどのような行動の違いがあるのか。
これは、次回の記事で考えてみたいと思います。
