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課題研究や探究学習に求められる要素-これからの社会実装に向けて

大学・大学院で研究していた頃、恩師からこんな趣旨の言葉を教わりました。

「すべての現象には理由がある。現代科学で理由が分からないのは、その現象を人類がまだ証明できていないだけだ。」

この言葉は、今でも私の科学観の根底にあります。

一方で、大学・大学院まで学び続けたことで、私は自分自身の学び方について、もう一つ気づいたことがあります。

それまでの私は、ずいぶん「机上」で学んできたのではないか、ということです。

もちろん、知識を身につけることは必要です。
自分で考えることも、自分で調べることも、自分で問題を解くことも大切です。

ただ、勉強ができるだけでは、社会はなかなか変わりません。

学んだことが、自分の中だけで完結するのではなく、誰かの困りごとを解決したり、社会を少しでもよくしたりするところまでつながってほしい。

私は、そうした「実学」につながる探究を学校教育でつくりたいと考えるようになりました。

学校では「一人でできる」が評価されやすい

学校という場所では、「一人でできること」が高く評価されやすいように感じます。

自分で考える。
自分で調べる。
自分で問題を解く。
自分でレポートを書く。

もちろん、これらの力を否定するつもりはありません。

しかし、本当に難しい課題に挑戦するほど、一人ではできないことが増えていきます。

自分にはない知識が必要になる。
自分にはない技術が必要になる。
違う視点から考えてくれる人が必要になる。
自分たちだけでは分からないことを、専門家や当事者に聞く必要が出てくる。

そう考えると、

他者と対話・協働できることも、探究する力の一つなのではないか。

私はそう考えています。

これは、単なる私の感覚だけではありません。

近年の探究学習研究では、探究を支える基盤的なスキルとして、認知的スキルや情報活用能力などと並び、「対話・協働するスキル」が整理されています。個人の興味・関心から始まったテーマであっても、他者との対話や協働によって探究を深められると論じられています。

文部科学省の次期学習指導要領に向けた議論でも、探究の「プロセスの質」を見る観点として、主体的な学びの調整とともに、「必要に応じ他者と協働しているか」が示されています。また、成果についても「他者や社会にとっての価値の創造」という視点が議論されています。

私はここに、これからの課題研究や探究学習を考える大きなヒントがあると思っています。

運動部でいえば「野球部」、文化部でいえば「吹奏楽部」。”流行る”という現象には必ず理由がある。

「なぜ、生物部や科学部はもっと大きな部活動にならないのだろう」
私は時々、こんなことを考えます。

野球や吹奏楽のように、仲間と一つの目標へ向かう部活動は、学校文化の中で大きな存在感をもっています。

では、生物部や科学部はどうでしょう。

もちろん、素晴らしい研究をしている学校や生徒はたくさんいます。

それでも、研究活動そのものが、野球や吹奏楽のように、周囲を巻き込み、多くの人から応援される文化としてさらに広がる余地はあると思っています。

なぜだろう。

私はその理由の一つを、研究活動の中で「人とのつながり」が見えにくいことに感じています。

これは現時点では私の仮説です。

研究テーマを自分で決め、自分で実験し、自分で分析し、自分で発表する。

それだけでも研究として成立します。

しかし、それでは探究が「その生徒だけのもの」で終わってしまうことがあります。

一方、スポーツや吹奏楽では、一人だけが優れていても成立しません。

仲間と練習する。
自分の役割を果たす。
仲間を助ける。
仲間から助けられる。
一緒に喜ぶ。
一緒に悔しがる。

成果に至るまでの「人とのつながり」が、とても見えやすい。

研究活動にも、この要素をもっと意図的に取り入れられないでしょうか。

「日本人は協調的だから」と単純には言えない

以前の私は、日本では協調性が重視されてきた背景に、「島国であること」が関係しているのではないかと考えていました。

しかし、調べてみると、ここは単純には説明できません。

39の社会を比較した文化心理学研究では、東アジアでは、新しい人間関係を自由につくったり既存の関係を離れたりする「関係流動性」が比較的低い傾向が報告されています。また、その違いには、歴史的な定住型・相互依存型の生業などとの関連が示されています。

さらに、日本国内についても、歴史的な稲作地域と、現代の相互依存的な言語使用との関連を示した研究があります。稲作では、水管理や労働交換など、他者との継続的な協力が必要だったことが一つの説明として検討されています。

ただし、これらは「日本人は生まれつき協調的である」と証明する研究ではありません。

まして、「島国だから協調的な民族が生き残った」とまで言う根拠は、私は確認できませんでした。

ここは文化の本質論にする必要はないと思っています。

私が教育実践として考えたいのは、もっと単純です。

人は、人とのつながりを感じられる活動を応援したくなるのではないか。

そして探究活動も、研究成果だけではなく、人とのつながりが見える活動にできるのではないか。

ということです。

正しい研究成果だけでは、社会実装まで届かない

課題研究では、研究成果の質が大切です。

科学的事実を曲げてはいけません。
データを都合よく解釈してもいけません。

しかし、正しい研究結果を出せば、それだけで社会が動くわけでもありません。

ターリ・シャーロットの『事実はなぜ人の意見を変えられないのか―説得力と影響力の科学』では、人の判断や行動は、客観的事実や数字だけで決まるわけではなく、感情、既有の信念、主体性、他者からの影響などとも関係することが紹介されています。

ここから私が教育に引きつけて考えていることがあります。

研究成果や科学的な正しさだけで、人の心まで動かせるとは限らない。

だからといって、人の心を動かすために事実を曲げてよいわけではありません。

私が育てたいのは、

科学的事実を大切にしながら、その事実を人の心に届くように伝えられる人です。

自分たちの研究について、

「こんな結果が出ました」

で終わらない。

「この研究は、誰の何を変えられるのか」

「なぜこの研究が必要なのか」

「どんな未来を実現したいのか」

まで語れる。

そして、そのビジョンを聞いた人から、

「それなら応援したい」

「自分にも何かできないだろうか」

と思ってもらえる。

そこまで進んで初めて、研究は社会実装へ近づいていくのではないでしょうか。

他者とのつながりを必要としながら探究する

だから私は、課題研究や探究学習の中に、もっと意図的に「他者とのつながり」を入れたいと考えています。

例えば、

専門家や地域の人に話を聞きに行く。

自分たちの研究を、学校の外にいる人に説明する。

発表して終わるのではなく、相手の反応や意見を受けて、研究や伝え方を修正する。

自分が誰かから協力してもらった経験を、今度は誰かの探究に協力することへつなげる。

そして評価についても、「どんな成果が出たか」だけではなく、**「誰と、どのように関わりながら探究を進めたか」**を見る。

こうした経験を積み重ねていきたい。

一人でできることを増やす教育から、

他者と協力・協働することで、一人ではできないことを実現できる教育へ。

それが、私の考えるこれからの探究学習です。

「自分の興味」で始めていい。でも「自分だけ」で終わらせない

探究は、自分の興味から始まっていいと思っています。

昆虫が好き。
宇宙が好き。
プログラミングが好き。
医療に興味がある。

スタートは徹底的に個人的でいい。

しかし、その興味を突き詰めていく過程で、他者と出会ってほしい。

異なる知識を持った人と協働する。
専門家の話を聞く。
研究を必要としている人と出会う。
自分の研究を説明する。
意見をもらう。
自分もまた、他の誰かの研究に協力する。

そうすることで、

「自分が面白い」

から始まった探究が、

「仲間と実現したい」

そして、

「この研究で誰かを幸せにしたい」

へと広がっていく。

私は、その変化そのものに大きな教育的価値があると思っています。

目指したい生徒像は、

他者とのつながりを大切にし、他者と協力・協働しながら、自分の興味があることに一生懸命になれる生徒。

そして、

科学的事実を大切にしながら、人の心を動かし、応援され、仲間を増やしながら社会課題に向き合える生徒。

研究コンテストで何位になったか。

論文がどれだけ高度だったか。

もちろん、それも一つの成果です。

しかし、学校教育として私が残したいものは、そこだけではありません。

卒業した後も、自分一人の力だけで何とかしようとせず、人とつながり、それぞれの力を持ち寄りながら、難しい社会課題に向き合える。

そんな生き方や姿勢を身につけること。

それこそが、課題研究や探究学習を「学校の中の研究」で終わらせず、社会へつなげていくために必要な教育ではないかと、私は考えています。


参考文献・出典

文部科学省「教育課程部会 生活、総合的な学習・探究の時間ワーキンググループ(第3回)議事録」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/115/gijiroku/1381878_00003.htm

日本教育工学会論文誌「教育における探究学習に関する研究の動向と展望」Vol.49, No.4, 2025.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjet/49/4/49_49181/

Sharot, T.『事実はなぜ人の意見を変えられないのか―説得力と影響力の科学』白揚社.
https://www.hakuyo-sha.co.jp/science/influentialmind/

Thomson, R. et al. (2018). “Relational mobility predicts social behaviors in 39 countries and is tied to historical farming and threat.” PNAS.
https://doi.org/10.1073/pnas.1713191115

Guntuku, S. C. et al. (2024). “Historical patterns of rice farming explain modern-day language use in China and Japan more than modernization and urbanization.” Humanities and Social Sciences Communications, 11.
https://doi.org/10.1057/s41599-024-04053-7


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