津軽平野25度生活圏
津軽平野で暮らしていると、岩木山が「北」や「南」より先にある
どこへ行っても岩木山が見える
あたり前だが、毎日見える
だから人は、無意識に岩木山を基準に生きているのではないか
自分が今どこにいるのか
それは地図ではなく、「岩木山がどう見えるか」でわかる
頂上の形
裾野の広がり
山頂の重なり方
少し移動すると、山の顔が変わる
山は動いていない
動いたのはこちら側だ
「いつもの岩木山じゃない」
その違和感で、自分の位置を知る
100年以上前
徒歩が移動の中心だった時代、人の生活圏は狭かった
毎日見る岩木山は、ほとんど変わらない
見ている山は、徒歩圏の山だった
しかし五能線ができ、日本海側から弘前へ鉄道で移動できるようになる
人は岩木山の周囲を“回る”ことを知る
すると、同じ岩木山なのに、まったく違う山が現れる
山は一つなのに、顔はいくつもある
AIで方位を計算すると、岩木山を中心にした生活圏津軽平野(五能線)上、越水駅から木造駅は山頂中心に約25度
この津軽平野(五能線)上約25度の範囲では、同じ岩木山を見て暮らしているのではないか
山頂の形の記憶が、大きく変わらない範囲
つまりそれは、行政区分ではない「津軽平野25度生活圏」なのかもしれない
日が暮れると岩木山はみえない
天気によっては岩木山はみえない
それが休息を意味する
もしかして、これが山岳信仰ってやつ?
