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質問できない社会人 - 1990年

1990年、27歳のとき。
※幼稚園の頃の話からの続きです


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【思考停止】の唐揚げ弁当

会社の昼食にお弁当を注文するとき、
私はいつも《唐揚げ弁当》を選んだ。
唐揚げが大好物だったわけではない。
色々な弁当を見比べ、選ぶのが
とてつもなく面倒だったのだ。
もしハズレだったら?
美味しくなかったら?
そう考えると、変えることが怖かった。《比較検討》という思考そのものが、
負荷だった。

【質問できない社会人】

(幼稚園の話からの続き)
とりわけ深刻だったのは、会社に入ってからだった。
職場では、わからないことが山ほどある。
しかし私は、それを誰にも聞けなかった。
どうしてこの作業が必要なのか?
この手順は、誰がどう決めたのか?
どこまでやれば「完了」なのか?
そもそも、「これは何ですか?」と尋ねることすら、できなかった。
用語の意味、由来、社内ルールとしての位置づけ――そうした《定義》を知りたいのに、質問することができない。
「そんなことも知らないのか」
と思われるのが怖かったのだ。
結果、わからないまま仕事をし、誤解やミスが増え、自信を失い、次第に孤立していった。
いよいよ限界になると、転職。
子どもの頃に植えつけられた「質問=拒絶」の記憶が、大人になってからも、ずっと私を縛っていた。

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