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体罰教師/植松先生



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ヒステリックな先生

ほら!

 昭和四十七年、僕が小学校三年生、その時の担任はもの凄くヒステリックな先生だった。植松先生という五、六十才の女性だった。
「そんなんじゃ駄目だよ! ほら!」
「さっさとやれよ! ほら!」
と怒るのが口癖だった。
彼女の「ほら!」と言う声は、未だに染み付いている。
何か急き立てられて、心臓が高鳴ってしまう独特の周波数を持った声だった。
「目下の者には、キレて見せて、さっさと従わせればいい」
という姿勢は、この頃に身についたものかなぁ、と想像している。
 その先生について、断片的に思い出すことが二つある。

サンダルで!

ひとつは、体育の授業でのことだ。
腕立て伏せの説明を先生が行い、生徒のひとりやすこさんがモデルになって体育館の床に伏せていた。
やすこさんが腕を伸ばし、腰から体全体を持ち上げた。
体をまっすぐに、という説明の段階で植松先生は、サンダルを履いたままの足をやすこさんの腰に乗せ、少し下に押し下げて言った。
「これだとお尻が下がりすぎ」
そして今度は、やすこさんのお腹に足を当て、少し上に持ち上げて言いた。
「これだとお尻が上がりすぎ」
そんな説明を二、三回繰り返した。
 植松先生にとっては、小学生など、サンダル履きの足で、触れていい程度の見下げた存在だったのだろう。

椅子持ち上げ

もうひとつ思い出すことは、「椅子持ち上げ」だ。
宿題を忘れたのか騒ぎすぎたのか、まさとくんが「椅子持ち上げ」をさせられていた。
他の児童は自分の席に座らされ、植松先生は教卓で小言を言い、まさとくんは黒板の横で「椅子持ち上げ」。
じきにまさとくんは疲れて汗をダラダラ流し、とても辛そうだった。
椅子を持ちあげていた手が汗で滑ったのか?
突然、椅子がまさとくんの肩に落ちてしまった。
苦痛に顔を歪めるまさとくん。
でも、僕達は、観ているだけ。
助けに行くなんて、誰も恐くて出来なかった。
みんなで話し合って、植松先生の体罰を明るみに出す、なんて知恵すらなかった。
当時、教室は密室、牢獄、先生は絶対君主で独裁者だった。




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