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【あなたに会えて幸せ】/第4章第20話「針のむしろと小さな爆音」

妊娠6週目。
産婦人科に行った。

自動ドアが開き、トモキと並んで産婦人科の待合室に入った瞬間、そこにあるすべての『空気』がピキリと凍りつくのが分かった。

大きなお腹を愛おしそうに撫でていた妊婦さんも、付き添いの旦那さんも、受付の事務員さんも、一斉に私たちの車椅子へと視線を走らせた。

(車椅子の男の子と、足の無い女の子?)
(あのふたり、まさか、、、)

声にならない驚愕が、待合室の静寂の中に生々しく波打っている。
次の瞬間、ハッと我に返った人たちが、見てはいけないものを見てしまったかのように、慌てて手元のスマホや雑誌に目を落とした。
不自然なほど静かな、偽りの無関心。
だけど、部屋の隅に座る年配の女性だけは、私たちの下半身を無遠慮にジロジロと眺め、それから「信じられない」とでも言うように小さく眉をひそめた。

――車椅子の私たちには、性も、妊娠も、新しい命を望む権利も無いとでも思われているのだろうか。

針のむしろのような視線に、私の背中にじわりと冷たい汗が流れる。
その時、トモキが私の車椅子のひじ掛けに手を重ね、私の指をぎゅっと握りしめてくれた。
彼の大きな手の温もりが、

「俺がここにいる。何も怖くない」

と無言で伝えてくる。

私は深く息を吸い込み、背筋をすっと伸ばした。
私は、愛するトモキの赤ちゃんを宿した、ひとりの誇り高き母親なのだ。

ポーン、と電子音が鳴り、無機質な自動音声が待合室に響いた。

『受付番号、103番の方。診察室へどうぞ』

その機械的な声が、冷え切った待合室の空気を切り裂くように響いた。
私は「はい」と短く答え、手の中の受付票をそっと握りしめた。

産婦人科の内診台。それは、足が無い私にとって、最初の大きな砦だった。

「ミク、大丈夫。俺、ここで待ってるから」

トモキが私の手をぎゅっと握り、内診室の入り口まで見送ってくれた。

カーテンの奥に入ると、看護師さんが優しく微笑んだ。

「ミクさん、今日は足を乗せる台は使わずに、この台を平らにして検査しますね。お尻の下にクッションを敷きます」
「ありがとうございます」

私は車椅子を内診台の横にピタリとつけると、鍛えられた両腕の力を使って、ふわりと身体を持ち上げた。
下半身の重量が無い私の身体は驚くほど軽い。蝶がとまるような軽やかさで、フラットになった内診台の上へと移乗を完了させた。

下半身だけ脱ぎ、バスタオルをかけてもらい、お尻の下に厚手のクッションが差し込まれる。骨盤がふわりと持ち上がる。
膝を立てて外に開く、という普通の妊婦さんがする姿勢が私にはできないけれど、看護師さんが手際よくタオルを整え、先生が診察しやすい位置を作ってくれた。

「はーい、ミクさん、ゆっくり深呼吸して力を抜いてくださいね」

カーテンの向こう側から、先生の穏やかな声が響く。

「妊娠6週の初期ですから、お腹の上からではなく、膣の中に細いカメラ(プローブ)を入れて診ていきますよ」

ひんやりとした超音波ゼリーの感触の後、独特の圧迫感が伝わってくる。
手すりを握る私の手に、じわりと汗がにじんだ。

「ミクさん、服を着たら診察室へどうぞ」

内診台から降りて、トモキの車椅子の隣に並び、先生と向き合う。
先生が手元のキーボードを叩くと、天井から吊り下げられたモニターに、あの白黒の画面がパッと映し出された――。
正面のモニターに、白黒の超音波画像(エコー)が映し出された。

画面のあちこちに並ぶ冷たい走査線や輝度パラメータの数値データの中に、その「小さな影」を見つけた瞬間、私のなかのロジカルな思考は一瞬で消え去った。

画面の中央、わずか数ミリの、黒くて丸い袋――胎嚢(たいのう)。
その中心で、目にも留まらぬ速さで、ピコピコと激しく点滅している小さなピクセルがあった。

「ほら、ここが動いているでしょう。これが、妊娠6週目の赤ちゃんの心臓ですよ」

先生が優しく微笑み、装置のスピーカーのスイッチを入れた。

ドクドクドクドクドク!

それは、成人の安静時よりも遥かに速い、1分間に100回を軽く超えるような、波打つように力強い音だった。
診察室の静寂を塗りつぶすように、爆音で響き渡る。

「俺たちの赤ちゃん、生きてる……」

トモキが掠れた声で呟き、私の手を強く、強く握りしめた。
彼の大きな指が、かすかに震えている。

私の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。



第21話に続く


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