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清楚な女の子


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寄居養護学校に転校

小学校六年生。
埼玉県立寄居養護学校は、埼玉県大里郡寄居町。
埼玉県の秩父地方の玄関口とも言える地域にあった。
僕は、小学校六年生の四月からそこに
転校となった。
病院と学校が併設されていて、
病院から直接学校に通える施設だった。


僕が寝泊りすることになった部屋は、
二号室で七人部屋だった。
隣の三号室は女の子の部屋だった。
この三号室のまゆみちゃんに、
僕は一目ぼれしてしまった。

清楚なまゆみちゃん

四月一日の入院当日から、学校が始まる七日の前日までの六日間、入院生活は、
新入患者だけだった。
前年度から入院している患者は、
外泊許可が出て帰省していた。
新入患者は、
・一号室の小学六年生の厚志くん・小学五年生の和夫くん
・二号室の僕・康夫くん
・三号室のまゆみちゃん・昌子さん
の六名しかいなかった。
その六名で、病院の食堂の六人がけテーブルに座って食事をする毎日が始まった。


着席する場所は、なぜか自然と固定化していた。
まゆみちゃんは、食堂のテレビを背にして、テーブルの中央にいつも座っていた。
僕は、まゆみちゃんから見て右手斜め前に座っていた。(※1)
当然、僕から見てもまゆみちゃんは
右手斜め前に座っていた。
まゆみちゃんは、目が細くて埴輪みたいな顔立ち(ごめんねまゆみちゃん!)なんだけど、アゴのラインがスッキリしてて、とても清楚なイメージだった。


そしてご飯を少しずつ口に運んで上品に食事をする。
小刻みに動くまゆみちゃんのアゴのライン。
おやつの時間もチョコレートを小さく割って、口に入れる。
あぁ、まゆみちゃんも僕と同じ小児喘息で苦しんでるんだなぁ、早く良くなって退院できるといいなぁと、自分の小児喘息よりまゆみちゃんの身を案じた。
それが恋だったのかどうか。
自分の気持ちが今では思い出せない。
でも僕はまゆみちゃんを好きになったのだなぁと感じてまゆみちゃんにお手紙を書いた。

でも、僕の想いはまゆみちゃんには伝わらなかった。
まゆみちゃんからはお返事は来なかった。
まゆみちゃんからはお返事は来なかったのだが、僕は
「まゆみちゃんを好きになったこと」
が、嬉しくて毎日が楽しくなった。

 まゆみちゃんと出会って数日が過ぎ、僕は昨年まで在籍していた小学校に手紙を書いた。


宛名には「六年生のみんなへ」と書いた。

 みんな元気ですか?
 僕は養護学校で楽しくやって
 おります。
 なんと!
 ガール・フレンドに出会いました。
 まゆみちゃんといいます。


合奏

学芸会の時、五年生との合同チーム合計二十名で「ボギー大佐」を演奏した。

僕はピアニカ担当。
まゆみちゃんは、鉄琴を担当していた。


卒業

沢山手紙を書いたのに一度も返事をくれなかったまゆみちゃん。
まゆみちゃんも僕と同時期に退院となった。
まゆみちゃんの実家は、東さいたま市らしい。
でもそれ以上の詳しい住所は聞かせてもらえなかった。
電話番号も聞きそびれたまま。
結局、寄居養護学校の退院がまゆみちゃんとの永遠の別れになってしまった。


脚注

※1 左利きならではの着席。
  詳しくは、


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