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小児喘息/水曜日の男



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3:水曜日の男

あだ名

小学校時代は、「水曜日の男」とあだ名されるほどに、毎週水曜日の未明に喘息の発作を起こしていた。
水曜日に嫌いな授業(体育とか?)があったのかも知れないし、週半ばで疲れが出始めたのかも知れない。
とにかく、小学校時代はつらい日が多かったのを覚えている。
喘息だけでもつらいのに、親・親戚から「水曜日の男」とまで言われたのは、
本当につらかった。
なりたくて喘息になっているわけではないのに・・・。
顔を合わせるたびに「水曜日の男」とニヤニヤしながら言ったりする。


喘息との闘いの日々

小学校時代は、喘息との闘いの日々でもあった。
当時、喘息の発作は、我慢させられていた。
自分で深呼吸して治すものだと。
母親は、そう信じていたらしい。
就寝時には、何ともないのだが、
夜中に息が苦しくて目が覚める。
仰向けに寝ていると苦しいので
横向きに寝る。
それでも苦しいときは、起き上がって、座って手を着いて肩で息をする。
 喘息の苦しみは、当事者やその家族はよく知っている。
もっとも、昨今は発作が軽いうちに吸入器を使用したり、我慢などさせずにすぐに救急で来院するように指導されるので、大きな発作を目の当たりにすることは少ないかも知れない。
 喘息の重度の発作は、こんな感じだ。息が苦しく、咳き込んだり、
痰がからんだりする。
息は、全身でする。
肩を動かして体全体で呼吸する。
それでも苦しくて仕方がない。
そもそも息が吐けない。
自分で、お腹を絞るような思いで、
息を吐き出す。
すると、次に吸う息は、いくらか入り方が良いみたいだ。
だが、胸いっぱいに吸うという感じにはならない。
吸い込めるだけ吸い込んで息を止めて
みる。
苦しみながら吸ったり吐いたりするより、止めている方がラクだとさえ思える。
もう一度、力いっぱい息を吐く。
吐ききった時点で息を止めてみる。
これも同じだ。
苦しみながら吸ったり吐いたりするより、止めている方がラクだとさえ思える。一回の呼吸に、とても苦労する。
体力も消耗する。
苦労しても、胸いっぱいに息を吸えない。
次の息はもう吸えないのではないか。
絶望感と闘いながら呼吸する。
窒息して死んでしまうのではないか。
絶望感と闘いながら呼吸する。
呼吸というものに全身全霊を傾けなければ、死んでしまいそうだ。
次の息はもう吸えないのではないか。
こんな闘いを繰り返して、
僕は大人になった。


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