子どもの頃、よく通った駄菓子屋の思い出
令和になってから、不意に昔のことを思い返す瞬間が増えました。
そのたびにふっとよみがえるのが、子どもの頃によく通っていた小さな駄菓子屋の記憶です。
学校から帰ってから近くの駄菓子屋に行き、100円玉をぎゅっと握りしめて、どれを買おうか迷いながら棚を眺めていたあの時間。
たった100円なのに、選ぶ瞬間はまるで宝物を探しているようで、胸が少しだけどきどきしたのを覚えています。
うまく説明できないけれど、あの駄菓子屋には、子ども心をやさしく包むような空気がありました。
今になって思い返すと、あの頃の小さな風景が、気づかないうちに自分の中にそっと残っている気がします。
あなたにも、そんな小さな思い出が心のどこかに眠っていませんか。
今日は、そんな淡い記憶をそっとたどってみようと思います。
子どもの頃、月に一度だけ、100円玉を握りしめて駄菓子屋に行くのが密かな楽しみでした。
小学生にとっての100円は、今の大人で言えば千円くらいの感覚だったのかもしれません。店に近づくにつれて胸が少し高鳴っていたのを覚えています。
店に入ると、うまい棒やキャベツ太郎、ヨーグルなどがぎっしり並んだ棚の前で、しばらく固まってしまうことがよくありました。
買えるのは100円の範囲だけ。
うまい棒を10本そろえて豪快にいくか、それとも色んな種類を少しずつ楽しむか。たった100円なのに、選ぶ時間はまるで小さな冒険のようでした。
時には当たり付きの駄菓子に挑戦して運試しをしたりもしました。
ハズレが続いてしょんぼりする日もあれば、たった一回で100円が当たって飛び上がるほどうれしかった日もあります。あのときの高揚感は、今思い返してもなぜだか胸の奥がくすぐったくなります。
思い返せば、あの100円は金額以上の意味を持っていた気がします。
駄菓子をどれだけ買えるかという問題だけでなく、限られた中でどう選ぶか、何を楽しみにするかという、大事な時間だったのかもしれません。
たかが100円、されど100円。その小さな金額の中に、自分なりの幸せをぎゅっと詰め込んでいたように思います。
今の生活の中でも、あの頃みたいに、小さな楽しみをそっと見つけられたらいいなとふと思うことがあります。
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