「税金」と書いて、「他人事ではない」と読む。~税金を払う者には、使われ方を考える責任もある。~
先日、ふと思い返した出来事がある。
福島県消費者センターへ相談した時のことだ。
相談内容そのものではない。
結果そのものでもない。
心に残ったのは、「これで終わりなのか」という感覚だった。
税金で運営されている組織だから、何でも解決してほしいとは思っていない。
民間企業ではない以上、できることには限界がある。
強制力がないことも理解している。
それでも思った。
「できない」と「やらない」は違う。
「ここまでしかできません。」
そう説明されれば納得できる。
しかし、
「電話がつながりませんでした。」
それだけで話が終わってしまえば、相談した側には何も残らない。
その時、私はあることに気付いた。
私たちは税金を支払う時には敏感なのに、税金がどう使われているかには案外無関心である。
会社経営ならどうだろう。
社員が、
「電話に出ませんでした。」
そう報告して仕事が終わる会社は少ない。
時間を変えて電話する。
別の方法を考える。
メールを送る。
訪問する。
できることを考える。
それが普通である。
もちろん行政と民間は違う。
同じ成果を求めることはできない。
しかし、「考える姿勢」は同じであるべきではないだろうか。
私が危惧しているのは、一件の相談対応ではない。
税金の使われ方である。
税金とは、誰かのお金ではない。
私たち一人ひとりが働き、納めたお金である。
だからこそ、
「税金だから仕方ない。」
ではなく、
「税金だからこそ考える。」
そんな視点を持ちたい。
私は企業の改善に携わっている。
改善活動で必ず問いかけることがある。
「その仕事、本当に終わっていますか?」
作業が終わることと、仕事が終わることは違う。
電話を掛けることは作業。
相手に伝わることが仕事。
資料を作ることは作業。
相手が理解することが仕事。
会議を開くことは作業。
意思決定されることが仕事。
この違いを理解している組織は強い。
行政も企業も、本質は同じだと思う。
目的ではなく、手段がゴールになった瞬間に、組織は止まる。
だから私は、自分自身にも問い続けている。
「今日終わらせたのは作業か。」
「それとも仕事か。」
税金を払う立場だから行政を見る。
コンサルタントだから企業を見る。
そして何より、一人の社会人として自分自身を見る。
改善とは、他人に求めるものではない。
まず、自分の仕事から始めるものだ。
それが私の行動実践哲学であり、JUKOh作業標準である。
