【SF短編】削除済みの思い出│ショートショート
『もうすぐ容量がいっぱいになります。
不要なファイルを削除してください。』
アイウェアビジョンにアラートが表示された。
もう、そんなに溜まったのか。
最近は脳のキャパがいっぱいになるのが早いな。
そういえば、前回ファイル削除した時はえらい目に遭った。
もう何年も会ってない人の記憶は要らないだろう、と削除した直後に、
アカデミー時代の友人に偶然会ったが、誰か全く分からなかった。
学友を忘れるなんてヒドイなー、もしかしてファイル削除したのか?冷たいやつだ!と去った後、
他のアカデミー仲間にも言いふらしたせいで、かなり責められた。
こんな情報過多な時代なんだから、少しくらい仕方ないじゃないか。
だが、今回は慎重にやろう。
要らぬ騒ぎは起こしたくない。
失恋の傷は忘れてしまいたいが、それを消すと愛した人の記憶まですべて消えてしまうのが嫌で、
ずっと保留にしていたファイル、もうそろそろ消してもいいかな...
あとは、亡くなった祖父母の記憶も、もう消してしまおう。
その他、雑多なケアレスミスや、こないだ寝坊して遅刻した記憶なんかも要らないし、
上司のお小言ファイルも膨れてきたから、全部消そう。
一通りスクロールして確認し、[削除]ボタンを押す。
『10%容量が増えました。』
こんなに消したのに、たった10%か。
これじゃまたすぐいっぱいになるな。
やれやれ...
そんなことを考えながらマグレールを降り、改札に向かう雑踏の中で、ふいに声をかけられた。
振り向くと、そこには綺麗な女性が立っていた。
はにかんだ笑顔で僕の名を呼び、久しぶりと言う。
誰だろう?と考える数秒の間に彼女の表情はみるみる曇っていった。
...そっか、消しちゃったのか、そうだよね、もうだいぶ前のことだし...あんなことがあったんだもんね…
と、俯きながら言う彼女は、そのまま下を向いて足早に行ってしまった。
もしかして僕は、大事な記憶を消してしまったんだろうか?
何も思い出せないし、何の感情も湧いてこないということは、ただ忘れているのではなく、削除したからだろう。
確かに僕の名前を呼んでいたから、人違いでもなさそうだ。
あの人は、とても哀しそうな顔をして走り去ってしまった...大事な人だったんだろうか。
...いや、分からないことは考えても仕方ない。
考えるのは、もうよそう。
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