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「くらら」第三号を読む

「くらら」第三号をご恵投いただきました。
巻頭企画の池田澄子さんのお話は運命や縁、導きということ、そしてそれを摑み取ることを考えさせられる内容で読めてよかったです。
すこしだけですが、以下、感想です。

では又の又こそ佳けれ春の宵   池田澄子

寄稿「此処から」

下五「春の宵」が支えている、受けとめている世界。「佳」の一字が「春の宵」の空気をより華やかにみせてくれる。「では」にそっと寄り添うような「又」の発声を想像した。

腕も脚もちゃんと私や初寝覚   安達原葉子

「武蔵野の風」

夢から戻って、自分の身体が自分自身であると認知した瞬間に何を思うかは人それぞれ。「腕も脚も」とひとつずつ確認して、それから訪れる「ちゃんと」の感覚。それは、この世にまだ居られることへの安堵なのかもしれない。

花ふぶき瞼がいうことを聞かぬ   荒木とうこ

「芝を踏む」

「花ふぶき」に思わず目を瞑ってしまったのだろうか。「瞼」という自分の身体の一部が「いうことを聞かぬ」のは、すこし怖くも感じられる。だからこそ掲句の「花ふぶき」からは畏怖のような大きなイメージを感じ取ることができる。

山の水引いてスケートリンクかな   紺乃ひつじ

「鳥語」

「山の水」に清らかさを思うのは、霊峰という言葉を知っているからなのか、それ以前にある山のイメージからなのか。すこし意外な(でもよく考えたらそういうこともあるか、と思える)状況ををすっきりとシンプルに句にされている。こんなスケートリンクで滑ってみたい。


他にも素敵だなと思う句がたくさんありました。
もっと読んでいたいな、楽しいなと思いながら読み終えて、いまあたたかな気持ちで、ほんの少しの寂しさの中にいます。
「くらら」を澄んだ思いで読める読者でありたいなと思いました。
ありがとうございました。

獅子舞の足ばかり見る男の子   安達原葉子 「武蔵野の風」
我々は今宵つららとなり滅ぶ   荒木とうこ 「芝を踏む」
文頭を決めし膝掛けかけ直す   梶浦道成 「McDonald'sの夜」
夏隣タイルの目地を団子虫   加東ネムイナ 「あの漫画」
公園に小さなおばけ神無月   神谷ベティ 「ことこと」
松過の口内炎を舌に押す   紺乃ひつじ 「鳥語」
佐保姫の見え隠れする滑り台   佐藤昭子 「供花」
手術痕やうやく痒くなつて東風   丹下京子 「二人掛けソファー」
名月や白峰空に刃を立てて   中村我人 「立山連峰」
ぐずぐずと待っていたらば春が来た   畑上麻保 「ぐずぐずと」
キオスクの温き釣り銭お正月   馬場ともこ 「冬の靄」
茶の咲いてへんてつもなく日の暮れて   山本恵子 「すべらかに」

「くらら」第三号


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