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ブールジュの夜(フランス恋物語⑬)

Bourges

3月に入った土曜日。

私とジュンイチくんは、ブールジュへ1泊2日の旅行に来ていた。

ゴシック建築が好きなジュンイチくんのリクエストで、「サンティティエンヌ大聖堂を見に行こう」と話していたのだ。

ブールジュはトゥールから150km、TER(電車)で3時間かかる街なので、初めから泊まりで行くつもりだった。

「ブールジュは、どんな所なんだろう?」

私は電車の中で、ガイドブックに載っている歴史の部分を読み上げた。

ブールジュはシェール地方の中心都市であり、かつてユリウス・カエサルが「ガリアでもっとも美しく、強い町」と評した。
町の周囲を川が囲み、その両岸一帯を沼地が埋めている天然の要害の地である。古代ローマ時代以後も異民族の侵入や諸侯の勢力争いの場となった。
14世紀にはジャン・ド・ベリー公の公爵領の首都と定められたり、1422年にはシャルル7世によってフランスの首都とされたりと、歴史的に重要な地でもある。

隣に座って窓の外を眺めているジュンイチくんは「ふ~ん。」と言うだけで、その説明に興味はなさそうだ。

ジュンイチくんは、ただ美しい大聖堂が見たいだけなのだから仕方がない。

「この旅行で最後なんだから、できるだけ彼を楽しませなければ」

私は今までにないくらい、ジュンイチくんに気を遣っていた。

サンティティエンヌ大聖堂

ブールジュに着いたら、一番の目的だったサンティティエンヌ大聖堂に向かった。

サンティティエンヌ大聖堂は世界文化遺産に登録され、フランスゴシック建築の最高傑作と言われている。

ジュンイチくんオススメだけあって、今までみたフランスのどの大聖堂よりも大きく、その存在感に圧倒された。

中央入口の「最後の審判」の彫刻は、溜息が出るくらい美しい。


中に入ると、広い堂内を静寂が包んでいた。

ステンドグラスに差し込む赤い光が、私の心も温かく染めていく。

「綺麗だね・・・。」

ジュンイチくんは頷いて、正面のステンドグラスを見つめながら感慨深そうにつぶやいた。

「ネットでサンティティエンヌ大聖堂を見た時『これだ!!』と思って、絶対レイコと見たいと思ってたんだ。

一緒に行けて、本当に良かった。」

「そっか・・・。」

ジュンイチくんは私の方に向き直ると、少し悲しそうな顔で言った。

「本当に、こんな大聖堂でレイコと結婚できたらってずっと思ってたんだよ。

それぐらいレイコのことが好きだった・・・。」

「・・・・・・。」

何て答えたらいいのかわからなくて、私はジュンイチくんの手を強く握ることしかできなかった。


サンティティエンヌ大聖堂を出た後は、旧市街を散策した。

途中、地中海貿易によって富を得た豪商ジャック・クールが建てたという宮殿にも立ち寄った。

邸宅と教会のような塔の組み合わせが斬新で、ジュンイチくんは色んな部屋で私の写真を撮ってくれた。

そういえば、初めて会った日も私の写真をたくさん撮ってくれたっけ・・・。

たった2ケ月ほど前のことを、懐かしく思い出した。


ディナーの後、私たちはライトアップされたサンティティエンヌ大聖堂に行き、昼とはまた違ったその幻想的な姿に感動した。

「本当に綺麗だね。やっぱりブールジュに行って良かったよ。誘ってくれてありがとう。」

私は、心からジュンイチくんにお礼を言った。

ジュンイチくんは嬉しそうに微笑んだ。

最後の夜

サンティティエンヌ大聖堂近くのホテルで、私たちは最後の一夜を過ごした。

ジュンイチくんは、いつも以上に優しく、愛おしそうに私を抱いた。

私の頭の中では、様々な思いが去来する。

トゥールに帰れば、私たちはただのクラスメイトに戻る。

私は彼に、何をしてあげられただろうか・・・。

「今日はジュンイチくんの望むこと、何でも聞いてあげる。

私にして欲しいこと、遠慮なく言って。」

行為の最中、好奇心旺盛な彼は年上の女である私に突拍子もないことをよくお願いしてきた。

今までは断っていたが、最後ぐらいは応えてあげたい。

そんな贖罪の気持ちを込めて聞いてみたのだが・・・。


「じゃあ、今日ぐらいは”愛してる”と言って。」

ジュンイチくんは懇願した。

私は笑顔で、最初で最後になるであろう愛の言葉を伝えた。

「ジュンイチくん、愛してる。」

ジュンイチくんの目から、涙がこぼれた。

私も悲しくなって、そのまま二人で抱き合って泣いた。

カーテンを開けたままの窓からは、大聖堂が明るく輝き続けていた・・・。

訣別の日

翌朝、私たちは時間を惜しむようにギリギリまで愛し合った。

ジュンイチくんが、「裸で抱き合って寝たい」と言うので、私は寒いのを我慢して、そのワガママに応えてあげた。

彼は名残惜しそうに、私の体をいつまでも撫でていた。


ホテルを出た後はまっすぐ駅に行き、そのままトゥールに戻るつもりだった。

それなのに、「天然の要害」ブールジュは、私たちを何度も道に迷わせた。

昨日は、目標物の大聖堂が見えていたので駅から迷わずに行けた。

しかし、今朝は大聖堂近くのホテルから駅の方向に歩いたつもりなのに、いつの間にか目の前に大聖堂が現れるのだ。

まるで、けじめを付けたつもりなのに未練が残っている・・・そんな自分たちの心を表しているようで、私は怖くなった。

午前中にはブールジュを出るつもりが、駅に着く頃には昼を過ぎていた。

私たちは仕方なく、駅近くのカフェでランチを取ることにした。


帰りの電車の中、私たちはずっと無言だった。

ホテルの中で、今までの思い出話やこれからどうやって友達に戻るかということについて語り尽くしたので、話すことはもう何もない。

「このままだときりがないから、トゥール駅に着いたら、友達に戻ろう」というルールも、無理矢理作った。

今しっかりと繋がれているこの手も、もうすぐ離すことになるのだろう。

私はジュンイチくんの顔をちらりと覗いてみたが、その表情からは何も読み取ることはできなかった。


トゥール駅に着くと電車を降りるタイミングでジュンイチくんの手を離し、私は足早に出口に向かった。

慌てて後を追いかけるジュンイチくんが「せめてうちまで送らせて。」と言ったが、それも固辞した。

私は彼の目を真っ直ぐ見て、お姉さんらしく挨拶した。

「今までありがとう。明日からは友達としてよろしくね。」

・・・大丈夫、これでいい。

茫然と立ちすくむジュンイチくんを駅前に残し、ホームステイの家へと急いだ。

自己嫌悪

その夜、私はひどい自己嫌悪で苦しんだ。

携帯を見ると、ラファエルから「明日19時にうちに迎えに行くよ。」というメッセージが届いている。

今日までジュンイチくんと旅行をしながら、明日の夜はラファエルに誕生日を祝ってもらう・・・。

あんなにジュンイチくんを悲しませたのに、自分だけ幸せになっていいのだろうか。

でも、せっかく掴みかけたチャンスは逃したくない。

私はベッドの中で目を閉じて、早く明日になることを祈った。


罪深い女には、それ相応の罰が待っているとも知らずに・・・。


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