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刺激に満ちたアンヴァリッド(フランス恋物語㉔)

就職戦線異状あり

4月上旬には、パリで仕事の面接をいくつか受けていた。

自分のフランス語のレベルは度外視し、ダメ元で日系企業に履歴書を送りまくっていたら、こんな私でもいくつか面接の話は来た。

ある日、日系の某ショップに面接に行くことになった。

普段はスッピンでカジュアルファッションで女子力ゼロの私も、その日は日本から持参したタイトなスカートスーツに身を包み、バッチリメイクで面接の店に向かっていた。

すると、すれ違った黒人男性に「Tu es belle.」(綺麗だね)と囁かれ、めちゃくちゃ驚いた。

やはりパリでこの服装とメイクは浮いているのか・・・。

面接に行ってみると、その日本人の男性社長の反応は好感触で、「今働いてる人が6月でビザが切れて更新できなかったら帰国するから、その時にお願いするかもしれない。」と言われた。
→結局そのお店から声がかかることはなかった。


また別の日にも、日系の某企業の面接に行くと、フランス人の男性面接官に「あなたは英語は苦手なようだけどフランス語は話せるから大丈夫じゃない?」と言われた。
→まったく連絡がなくさんざん待たされた挙句、結局不採用だった。


・・・そんなこんなで、私のパリでの就職活動はなかなか順調に進まなかったのである。

L'hôtel des Invalides

そうなると、やることは自ずとパリ観光と決まってくる。

私はパリでの時間を無駄にしないよう、毎日せっせとmusée(美術館・博物館は)やéglise(教会)巡りに励んでいた。

主要な所を見終わる事にはだんだん飽きていて、”Panthéon”(パンテオン)というギリシャ・ゴシック様式の神殿に行った時には、遂に「こんなもんか」と言ってしまう自分がいた。

「慣れによるありがたみの欠如」は恐ろしい・・・。

そんな中、パリのガイドブックを見たら、”L'hôtel des Invalides”(通称:アンヴァリッド)にまだ行ってないことに気付いた。

そこには、ナポレオンが埋葬されている教会軍事博物館が併設された施設だと書かれている。

ルイ14世時代に建てられたアンヴァリッドは、廃兵院とも言われる旧軍病院。今は軍事博物館として建物の一部が公開されており、古代から現代までの世界最大級の軍事コレクションが見学できる。そして、もう一つ有名なのが、アンヴァリッドの教会に眠るナポレオンの墓。神聖なドーム型の教会の中央に堂々と巨大な大理石の石棺が置かれている。

今まで戦争系の博物館に行ったことはなかったが、新たな発見がありそうだと思い、行ってみることにした。

軍事博物館

ナポレオンが眠る教会は綺麗だったが、ナポレオンにさほど関心のない私にとって、その場所はあまり印象に残るものではなかった。

それよりも、軍事博物館で受けたショックが大きすぎた。

「軍事博物館」は、その名の通り世界の戦争の歴史を紹介する展示内容である。

フランス語がわからなくても、ナチスの旗やヒトラーの写真、ユダヤ人強制収容所のむごたらしい写真などが出てくると、「第二次世界大戦時のヨーロッパを紹介しているんだな」ということぐらいは理解できる。

その後、部屋を移動すると、「Yalta Conference」というパネルが見えて「ヤルタ会談、歴史で習ったな~」と思いながら、更に移動すると、ここで初めて”JAPON”

それまでこの館内で全く見なかった母国の名前を見て、今まで他人事のように見ていた第二次世界対戦が、急に身近なものに思えてきた。

その壁面には・・・

広島の空に浮かぶ原爆のキノコ雲の写真、

原爆を投下されて焼け野原になった長崎の写真、

1945年8月15日、アメリカ国民が日本敗戦の報を知って狂喜している写真(日本人の蔑称”JAP”のプラカードが衝撃的だった)

その3枚の写真を見た瞬間、「日本は負けたんだ。敗戦国になったんだ」いう当時の日本国民の気持ちが私に憑依し、自然と涙が溢れた。

・・・一体この感情は何なんだ?

海外に住んでいて自分が日本人であることを強く意識するからか、まさかこんなところで愛国心を呼び起こされるとは、夢にも思わなかった。

(もちろん、日本の敗戦により今の平和があるわけで、それは否定することではないのだけれど)

私はしばらくその場で感傷に浸っていたが、

「マダム、閉館の時間ですよ。」

初老の男性職員に声を掛けられ、一気に現実に引き戻された。

Dragueur

閉館の時間と言われ私は急いだが、意外とこの建物は大きく、なかなか出口に辿りつけそうにない。

気が付くと、図書館の書庫のような所にいた。

周りには高い本棚が規則正しく置かれ、まるで迷路に迷いこんだような錯覚に陥る。

「え~と、今どこにいるんだっけ!?」

パンフレットの案内図を見て、今自分がいる位置を確認する。

すると、後ろから男性の声が聞こえた。

「Qu'est que vous cherchez,Madame?」
(何を探していますか、マダム?)

振り返ると、そこには黒人の若い男性職員が立っていた。

パリはトゥールと違って人種の坩堝(るつぼ)だ。

白人だけでなく、アフリカにルーツを持った黒人もたくさんいたし、アラブ人や私のようなアジア人も、街を歩けばよく見かける。

私は案内図を見せながら、フランス語で聞いた。

「今いる場所はどこですか? 出口を探しているのですが。」

フランス語が話せると分かると、彼の態度が急にフレンドリーなものに変わった。

「フランス語喋れるの?名前は?」

なんだか面倒くさそうだったので返事はせず、その場を離れ自力で出口を探すことにした。

その職員は私の元に駆けより、再び呼ばれた。

てっきり出口まで案内してくれるのかと思いきや、連れていかれたのは部屋の奥まったところだった。


そこは本棚と壁に囲まれた死角で、私たちは必然的に二人きりになってしまう。

さっきまで"職員と客"だった二人の関係性が、ただの"男と女"に変わってゆくのを感じた。

獲物を完全にロックオンした男は、女の目を熱っぽく見つめて言う。

「綺麗だね。また会えない?」

「!!!!!!」

驚いて固まっていると、彼の指が私の髪に触れた・・・。

私は彼の方を見た。

今、目の前にいる男は、美しい顔をしている・・・。

しかも軍服をモチーフにした制服は、彼をより精悍かつセクシーに見せていた。

博物館の片隅で逞しい職員の男に口説かれる

・・・そのドラマのようなシチュエーションに、私は緊張しながらもこんなことを思っていた。

ヤバイ・・・キスぐらいならされてもいいかも・・・!?

「いやいや、ここは逃げるんだ。」

本能的に好奇心より危機意識が上回り、私は男の横をすり抜け逃げて行った。


帰り道もあの光景が頭から離れなかった。

博物館の職員が客をその場でナンパして、髪を触るって・・・。

日本じゃ絶対にありえない。

しかも、その職員はなかなかいい男で、「キスぐらいしてもいいかも」と思ってしまった自分がいる。

何なんだよ、愛の国フランス!!

いくら何でも驚かせすぎだぞ!!


その夜、寝る前にも”アンヴァリッド職員ナンパ事件”のことをずっと考えてしまっていた。

「もしかして、今日の、ちょっともったいなかった!?」

「博物館職員という身元がはっきりしてる人なんだし、お茶ぐらいしても良かったんじゃない!?」

色んな思いがぐるぐると頭を回る。

それぐらい、あのシチュエーションはパンチが効いていた。


こんな日に限って、トゥールの彼氏・ラファエルからの電話やメールがない。

初めから「遠距離は続かない」と思っている私にとって、彼の存在は刺激だらけのパリの日常にどんどん埋没していきそうだ。

ラファエル、ごめん。

やっぱり私は、あなたと別れた方が良さそうです・・・。

そして、「今度から、身元がはっきりしている人ならナンパに応じるのもアリかな・・・」と思い始めている自分がいた。


その教訓(?)がのちほど新たな出会いに繋がっていくとは、この時の私は知る由もなかったのである。


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