広島を思うことは、平和を思うこと
7月に入って、朗読モノオペラ「つなぐ」のお知らせを各所に送り始めた。
「つなぐ」は、昭和30年に刊行された原爆句集『広島』と、俳人・伊達みえ子さんの経験談・俳句と、俳句同人誌「里」に掲載された若い世代の思いを構成したドキュメンタリー・オペラだ。
私にとっての、戦後八十年の夏が始まった。
2023年の初演時は、広島・神戸・東京の三都市で上演した。2024年はソフィアザールでの音楽個展で抜粋上演をおこなった。
昨年の音楽個展の前に書いた記事を久しぶりに読んだ。
「つなぐ」に向き合うのは、正直なところ、いつもすごく怖い。様々な方々の思いを自分は受け止めきれるのだろうかと、初演時はとても悩んだ。初演を終えてからの2年間も悩み続けた。
でも、いまの自分だからできることをしたいと思った。
昭和20年当時、16歳の女学生だった伊達みえ子さんのお話を聞いたとき、被爆された方々が受けてきた差別を知った。それまでも頭では理解していたつもりだった。でも、みえ子さんの話を聞いて、肌で知った。
それはもしかしたら、統合失調症とパニック障害という精神疾患を持病とする自分にも重なることかもしれないと感じた。精神疾患への根深い差別は、いまも確かに存在する。そうした情報を痛く感じることもある。悲しく感じて、気持ちが沈み込むときもある。
昭和30年当時、「原子病」という言葉があったと『広島』を通じて知った。また「ノー・モア・ヒロシマ」ではなく、「ノー・モア・ヒロシマズ」と複数形であったことも知った。原爆投下からわずか10年、痛みも傷も生々しい時代の「いま」が、言葉の中に息づいている。
句集『広島』には、1万を超える俳句が応募されたという。その中から、1521句が収められた。7歳の少女の俳句もある。その少女は、俳句を詠んでしばらくのちに、この世を去った。
広島に起きたことを知る。思う。それは、世界のいまを知り、いまを思うことにもつながる。どれだけの子供たちが、戦火におびえているだろう。どれだけの子供たちが、今日の食べ物もなく苦しんでいるだろう。世界のいまと、これまでと、広島はつながっている。
だから、今年は「つなぐ」を歌わなければならないと思った。戦後八十年という節目の年だから、というのも理由としては確かにある。でも、それよりも、もっと大きなものを感じている。うたわなければ、ならないんだ。
新たな伝承の形を模索しなければならないというのも、もちろんある。けれど、そうしたことには縛られたくはない。
わたしは、うたいたいから、うたうんだ。
思いのこもった言葉を、語る。奏でる。叫ぶ。それは、私の仕事でもあるし、したいことでもあるんだ。
だから、歌う。
広島を詠んだ俳句を、今年も歌う。
歌う日は、8月15日。そう、終戦の日だ。
平和を願いながら、歌う。
