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エッセイ|ミステリーを観たあとは、世界中の全員が怪しく見える。


ミステリー映画を観たあとは、世界中の全員が怪しく見える。

昨日、部屋の明かりを消して、画面にへばりつくようにしてミステリーを一本観た。序盤ではなんの意味もなさそうだったキャラの独白や、テーブルの上の小さな小物が、後半になるにつれてパズルのピースのようにカチリとはまり、巨大な意味を持って回収されていく。あの、脳みそが裏返るような快感がたまらなく好きだ。

私はその強烈な余韻を脳内に引きずったまま、犬のリードを引き、夜の散歩の時間を迎えた。昼間の熱気がうっすら残る、ちょうど外の色が暗くなり始めた時間だった。

玄関を開けた瞬間、ビニール袋を片手にぶら下げた男性が、私の家の前をゆっくりと横切った。かさかさと、風に吹かれた袋が不穏な音を立てる。

──怪しい。

いや、冷静になれば、ただ仕事帰りにコンビニに寄っただけのおじさんである。それなのに、私の脳内では「あの袋の中身は、事件の決定的な証拠品なのではないか」という突飛な仮説が一瞬で爆誕してしまう。おじさんの足取りが、証拠隠滅を急ぐ犯人のそれに見えてくる。

しばらく進んで振り返ると、今度は我が家の前に、光を完全に遮断したような黒塗りのバンが停まっていた。

怪しい。ものすごく怪しい。

「まさか、先ほどのおじさんの共犯者か」
「いやでも、私を監視しているのか」
「でもなんで、わざわざこんな場所に」

頭の中で、勝手に重厚なストリングスのBGMが流れ始める。脳内で勝手にサスペンスドラマの第1話がクランクインしていた。

だが、数分後。バンから笑顔の人が降りてきて、隣の家の来客だったことが判明する。ドラマは強制終了。とくに、私の平和な人生に事件は起きていなかった。起きていないのに、私の脳は一瞬で「怪奇事件」を作り上げていたのだ。

心理学では、「確証バイアス」と呼ばれるらしい。

逆に、もし私が恋愛映画を観た直後の夜だったなら、あのおじさんのビニール袋を「大切な人への花束かな」なんてロマンチックに解釈していたかもしれない。ホラー映画ならゾンビの襲来に怯え、ドキュメンタリーなら職人の背中に涙していたかもしれない。

自分の脳内のBGMが変わるだけで、見えている景色だけがガラリと変わる。なんだか、人間の脳の単純さが少し可笑しかった。

そう考えると、私たちは毎日、現実を歩いているのではなく、その日いちばん影響を受けた物語の続きを歩いているのかもしれない。

だとしたら、明日私が観るべきなのは、絶対に大富豪のサクセスストーリーだ。銀行口座の残高は変わらないのに、世界がゴールドに輝いて見えるかもしれない。そんな都合のいいバグを期待しながら、私は犬の頭を撫でた。


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