シンプリストが見つけた最高に身軽な生き方
①そもそもなんのために人生をシンプルにするのか?

シンプリスト。
そう名乗ることに少々恥ずかしさを感じながらも、暮らしをシンプルにする工夫を発信してきました。
家を片付けて、すっきり暮らしたい。
多くの人が悩みつつも、人生でついつい後回しにしがちな事柄です。
なぜ後回しにしてしまうのかというと、多くの場合そこにはっきりとした期日と目的がないから。
たとえば来月から家賃が払えないとなれば、今より安い家に引っ越すために物を捨ててさっさと行動しなければなりません。しかしそんな切迫した状況は幸か不幸かなかなか起こるはずもなく。結局前にも後ろにも進まぬまま、悩む日々が続いているのが現実ではないでしょうか。
さて、わたしもそんな悩みを抱える一人だったことがあります。
わたしにはどうしても捨てられないものがありました。
それは書類です。
段ボール一箱分の書類の山がどうしても捨てられなかったのです。
「これは大事なものだからいつか使うかもしれない」
そんな不安にとりつかれていました。
しかし引っ越しのたびにそれを新居に持ち運んでは「結局使ってないし見てもいない」という現実に気づかされました。そしてあるとき、ふとこう思ったのです。
「この書類の輸送費はいったい今までどれくらいかかったのだろう」
「この書類を押し入れに置いておくとしたら、その家賃代は将来どれくらいかかるのだろう」
そして次にこう思いました。
「わたしは安心のためにこの大量の書類を持ち続けているけれど、その輸送費や家賃代を未来に貯めることができればもっと安心できるのでは?」と。
そう気づいたら大量の書類を手放せたのです。
と同時に、なんのために人生をシンプルにするのか、ということがやっと腑に落ちました。
それはずばり「未来を安心して過ごすため」です。
当時いつももやもやとした不安を抱えていたわたしは、自分の将来を支えるものの象徴を「書類」に投影していたわけです。今冷静に考えてみれば、とてつもなくへんてこな理屈なのですが、そのときのわたしの心は真剣にそう思っていました。この書類がなければ、わたしは将来困るだろう、そして路頭に迷うだろう、とも。
しかし実際にはそんなことはなく、未来を安心して過ごすために必要なものは、もっと別のものだと、そのときようやく気がつきました。
②「不用品が占拠する場所の家賃」を未来へ投資するという発想

みなさんはいまどれくらい貯金をしていますか?
そしていったいどれくらいの貯金があれば、将来安心して過ごせるでしょうか?
そのことに明確に答えられる人はおそらく少数だと思います。
かくいうわたしも、未来にどれくらいお金が必要なのか、明確に答えることはできません。というのも、インフレで物価は上がり、世界情勢も日に日に変わる今、確実といえるものがはたしてどれほどあるのか……。
こつこつ貯めていた貯金でさえ、確かなものとは言い切れなくなってきました。もしインフレで物価が2倍になれば、今まで現金で貯めていた貯金の価値は1/2に。ではその分、毎月の貯金額を2倍にできるかというと……いえいえ、そんなことをしたら、家計が回らない、というのが現実ではないでしょうか。
額面が変わらない分実感が湧きませんが、実際のところ、将来への積み立ては日に日に目減りしている……。目を背けたい現実ですが、これが今わたしたちの現在地です。
さて、それではどうすればいいのか。
もちろんわたしもインフレの渦中にいるちっぽけな日本人なわけですから、なにもしなければ貯蓄が日に日に減っていくばかりで、とても将来安心して過ごせる未来を迎えられそうにありません。
ということで始めてみたのが、NISAでした。
世の中ではさんざんNISAを勧める動きが高まっていますが、お金が減るかもしれない賭けのような投資に、自分の大切なお金を払うことに最初はかなりの抵抗感がありました。
しかしなにもしないままでは貯金の価値は減るばかりだし……。
にっちもさっちもいかない状況で、なかばやけくそで始めたのがわたしのNISAの始まりでした。
いろんな本を読み漁った結果、できるだけリスクが少なく長期的に投資する方法に決めて、とりあえず月1万円だけ、オルカンに積み立ててみることにしました。
「自動積み立てにしてあとは放っておく」
とにかく本で読んだ通りに投資して、3年は続けてみることにしました。
結果どうなったかというと、なんと3年でプラス20万円の利益が出ていました。
もちろん株は上がったり下がったりするものなので、一時的な結果であることは前提なのですが、それでも銀行に預金しているだけでは目減りしていたはずの預金がプラスを生み出していたことに、ものすごく驚いたわけです。
だとしたら月1万円でもNISAをやってみようか、と少しは気持ちが傾いてきたかもしれません。
ではその1万円をどう捻出するのか。
ここで思い出してほしいのが、シンプルライフです。
東京の1畳分の家賃は約1万円。
家のなかで不要なものを一畳分だけ減らすと、一万円分の家賃が浮きます。
つまりたとえ今と収入が変わらなくても、暮らしをシンプルにするだけで未来への投資資金が捻出できるというわけです。
ここまでの話を聞いていれば、さきほどのわたしと同様に「物を捨てるのは不安」という気持ちが「物を捨てることで未来に投資できる」という前向きな気持ちへ変換できるのではないでしょうか。
「捨てる=不安」ではなく「捨てる=未来への安心」。
この公式が頭のなかにできることで、物に対する向き合い方ががらりと変わると思います。
③まずは今より少し小さな部屋に引っ越してみる

たとえば、今より少しだけ小さな部屋に引っ越してみたら……。
そんなふうに想像したとき、未来へ投資できる安心感と同時に、そんなことが本当にできるのだろうか? と不安を感じた方もいるかもしれません。今まで通りに暮らせず、手狭で窮屈な人生になってしまうのではないか。
実はわたしも以前は3LDKの家に住んでいました。
しかしシンプルライフを叶えたい、と一念発起し、1LDKの部屋を探し始めたときに、あろうことか、不動産屋で最初に言われたのがこの言葉でした。
「3LDKから1LDKに引っ越すなんて無理ですよ」
まさか不動産屋さんにそんなことを言われるとは思わず、愕然としました。
理由を聞いてみると、3LDKに置いてある家具すべてを1LDKに入れることは不可能だ、と。
ソファやベッド、ダイニングテーブル、デスク、食器棚にテレビ台などなど。彼は暮らしに必要な家具を次々と羅列して説得を試みてきました。たしかにそんなことは物理的に無理であることはこちらも重々承知していたのですが……。
しかし毎日毎日部屋を紹介する仕事の人が、これだけ口を酸っぱくして言うということは、多くの人が「暮らしをダウンサイズすることへの見積もりが甘い」というなによりの証拠でした。
実際、引っ越し先で物が入らなかった経験がある方も多いのではないでしょうか。
内見の時点でしっかり計っていても、いざ入れてみるとぎゅうぎゅうだったり、そもそも家具が部屋の入り口を曲がりきれず入らなかったり、というのはよくある話です。
彼の言葉を胸に帰宅したわたしは出鼻を挫かれたくやしさもあり(笑)、しかしそれがかえってわたしの心に火を付け、処分する大型家具を次々と洗い出し、結局6畳の部屋いっぱいになりました。
しかしなぜ、そんなたくさんの物を一気に捨てる決意ができたのか。
実はそこには、彼の言葉からひらめいたあるアイデアがあったからでした。
④「物に役割を兼ねてもらう」ことで上手に物数を減らす

そもそもひとつの物の役割はひとつだけでしょうか。
ベッドは眠るだけ。ダイニングテーブルは食事をするだけ。食器をしまう場所は食器棚だけ。
多くの人はそう思い込んでいますし、そう思い込まされている節もあるように思います。
しかし不動産屋さんの言葉を思い出したとき、ふと「それなら物に役割を兼ねてもらえばいいのでは」とひらめきました。
なにも難しいことではなく、ベッドをソファとしても活用したり、ダイニングテーブルを仕事用デスクとして使ったりと、いわゆる「兼用する」ということです。
そう発想の転換ができたら、次々といらないものが見えてきました。
食器をしまう場所は本当に食器棚だけだろうか? フリーラックに並べてもいいのではないか。ならばいっそ食器棚はいらないのでは……。
そんなふうに「兼用」を軸に考えていった結果、6畳分の不要品が生まれたというわけです。
大きな家具を減らすのは難しいと感じる方も多いかもしれませんが、この「兼用する」という発想を使うと、案外簡単に減らすことができるのではないでしょうか。
じゃあ絶対ソファは手放さなきゃいけないの?
そんな声が聞こえてきそうな気がしますが、もちろんなにもかもを兼用にする必要はありません。「わたしはソファに座って大きなテレビで映画を見ることが人生の楽しみだ!」という方が無理矢理ソファを手放さなくても良いのです。
人間にはそれぞれ大切にしているものがあります。逆に言うと、それほど思い入れのない部分もあると思うのです。ですから大切な部分は思いっきり充実させ、そうでない部分はしっかり兼用して物数を減らしていく、そのめりはりがなにより重要です。
シンプルライフにしていく過程で、しばしばこのような選択を迫られることがあります。つまり「あなたにとってなにが大切ですか」という問いです。
逆に言うと、物数を減らしダウンサイズしていくなかで、本当に大切なものが浮かび上がってくるというわけです。それがはっきりわかるということが、シンプルライフのひとつの醍醐味でもあるので、ぜひ楽しんで取り組んでいただければと思います。
⑤物を枠の範囲内で「やりくり」する力を身につける

「やりくり」という言葉を聞くと、誰もがまっさきに「お金」のこと想像すると思います。
限られた給料のなかで一ヶ月生活するために、お金をうまく割り振りながら暮らしに折り合いをつける作業は、もはや誰もが自然にしていること。ですがこの「やりくり」はなにもお金だけに限ったことではありません。
部屋にも「やりくり」が必要です。
つまり「限られたスペースのなかで物をうまく割り振りながらその範囲内で収める」ということ。
お金のやりくりは小さい頃から訓練していますが、物のやりくりとなると、なぜかそうもいかないのが現状ですよね。
しかしお金がうまくやりくりできているのなら、物もそれと同じこと。
「食費は5万」と割り振るのと同じように「食器はこの棚に入るだけ」としっかり枠を決めると、物もきちんとやりくりできます。
つまり「同じジャンルのものは同じ場所」と枠を決めて、その範囲内でしっかりと物を収めていくということです。
意外とこの「枠を決める」というのができずに片付けに苦しむ方も多いのではないでしょうか。しかしスペースがあるからといって枠からはみ出すことは、結局予算オーバーになり借金をしているのと同じことです。
借金なんてしていない! と思うかもしれませんが、あふれた物の1畳分の家賃を投資できたら……という話をもう一度思い出してみると、考えが変わるかもしれません。
偉そうに言っているわたしも、かつてはこの借金を平気でしていた人間です(笑)。
わたしは以前食器棚を持っていましたが、そこに入りきらないものや使用頻度の低い食器はキッチンの吊り戸棚の奥へしまっていました。しかし一度しまったらそんなことはすっかり忘れてしまい……次なる引っ越しのときに発掘するまで、その食器は一度も使われることはありませんでした。
「存在を忘れた物の場所代をわたしはずっと払っていた」
その家賃分を考えると、じわじわと悔しい思いが湧いてきました。
しかし人間の脳がすべてを記憶しておくことは難しいですし、年を取るほどその難しさはさらに増していくと思います。誰もが年を取り、物の管理は年々難しくなる……。そう考えると物はあちこちに点在させず、同じジャンルのものは同じ場所に置き、その範囲をしっかり区切ることが大切です。
たとえば文房具はこの引き出しに入るだけ、インナーはこのケースに入るだけ、洗剤類は洗面台下に入るだけ……。このように場所を決めていくと、自然とそこに入らないものは手放すものの対象になるわけです。なにを残してなにを手放すか。枠の範囲内で折り合いをつけることで、だんだんと物をやりくりする力が身についてくると思います。
⑥好きなものは飾るように並べて「足りない」という錯覚から抜け出す

さて、6畳分の不要品を手放したあと、晴れて1LDKの部屋に引っ越したわけですが、すんなりとシンプルライフを送れたかというと、いえいえ、そう簡単に物事は進みませんでした。
立地も間取りも雰囲気もとても気に入ったお部屋でしたが、たったひとつ難点があったのです。
それは「収納場所が少ない」こと。
メインのリビングにいたっては、扉のついた収納がゼロ。内見時にはまったく気にしていませんでしたが、いざ引っ越してみると、さてどうしたものか。
とりあえず家具を配置し、枠を決めて物を割り振ってみましたが、どうしても行き場を失ってしまったのが「洋服」でした。
というのもクローゼットはあるものの、入るのは一人分の洋服だけ。うちは二人暮らしなので、完全にキャパオーバーでした。
「見積りが甘い」とはこのことか、と改めて痛感しましたが、ふと以前の食器の経験を頭をよぎりました。
「しまいこんだら存在そのものを忘れてしまう」
思い返せば3LDKに住んでいたときも、大きなクローゼットを独り占めしながらも、いつも「着る服がない」と感じていたことを思い出しました。
ならばいっそ、オープンクローゼットにすればいいのでは?
それは人生初の試みでしたが、行き場のない洋服にどうにか折り合いをつけるにはそれしか方法がありませんでした。わたしはさっそくIKEAでシンプルなハンガーラックを購入し、そこを自分のメインクローゼットに設定。オンシーズンの服はこのハンガーラックに収まるだけと決めて、やりくりを始めました。
せっかくオープンクローゼットにするのだから、好きなものを飾るように並べて見た目も美しくしようと思い、あれこれディスプレイ。
するとおもしろいことに、以前より洋服が欲しいという気持ちが薄れていることに気づいたのです。
服が見えるようになっただけなのになぜ? と思われるかもしれません。
ひとつは単純に見るたびに「ある」という満足感が湧いてくるようになったから。
やはり視覚の効果は侮れず、整然と並んだ洋服が視界に飛び込んでくると、それだけでどこか満たされた気持ちになります。
もうひとつは枠内で服をやりくりするべく、なるべくたくさんのコーディネートが可能になる服選びをするようになったから。
わたしが新しい服を買いたくなるときはたいてい「ワンパターンなコーディネートに飽きた」ときです。自分に新鮮味が欲しい、と思うとついつい新しい服を買ってしまうのです。
ですから少ない服でも多くのコーディネートを生み出すために、ボトムス4本すべてに合うトップスを選んだり、テイストの異なるトップスを揃えることで、自分が飽きない工夫を取り入れるようになりました。
この工夫により以前より格段に洋服を買うことが減り、支出も減少。
これもすべて収納のない部屋に引っ越したゆえのうれしい誤算でした。
部屋をダウンサイズすると、このように一見不都合に思えるできごとに遭遇することもあるのですが、それがかえって自分のやりくりする力を磨いたり、支出を見直すきっかけにもなるのです。
⑦物が増えたときは「ラクに」「こまめに」「有意義に」手放せる出口を決めておく

それでも暮らしていればやっぱり物は増えていく……それが現実ですよね。
人はいつも完璧には生きられないですし、もちろんわたしも不完全な人間のひとりです。ストレスから衝動買いしてしまったり、限定品につい手が出たり、周りに合わせて思わず買ってしまったりと、物が増える要因は常にあふれているわけです。
ですからわたしは無理に「物を増やさない」より「物の出口を決めておく」ことを心がけています。
つまり万が一増えてしまっても、すぐに手放せるルートを確保しておくということ。
物を手放す方法はなにも捨てるだけではありません。売ったり譲ったりリサイクルしたりと、その行き先は年々多様になってきています。
そのなかでも自分にとって「ラクに」「こまめに」「有意義に」手放せる方法を選ぶことがベスト。わたしもさまざまな物の手放し方を試してきましたが、特にこの3つが大事だと身に沁みて感じています。
以前のわたしにとって、洋服の不要品は悩みの種でした。年末にまとめてリサイクルショップに持って行っていたのですが、車がないと運べないほどの量で毎回苦労していました。
しかしZOZO TOWNの買い換え割サービスを利用するようになってから、その苦労はほとんどなくなりました。というのも、不要になった服は家まで取りに来てくれますし、その数は何着からでもOK。買い取ってもらった値段がポイントになり、次の買い物でその分を利用できます。この方法で以前より格段に「ラクに」「こまめに」服を手放せるようになり、クローゼットがあふれることもなくなりました。
このように出口が決まっていれば、一時的に物が増えてもすぐに元の状態に戻すことができます。
本も同じように読み終わったものが2、3冊溜まったら、すぐ近所の古本屋さんに売りに行きます。実はわたしは本が好きで本には特別な思い入れがあります。ではなぜ手元に残しておかないのかというと、そこには胸に秘めた思いがあるから。
大人になった今でこそ、本を定価で買えるようになりましたが、学生の頃はお金がなくて古本屋さんには大変お世話になっていました。
それこそ目を皿のようにして、100円の文庫棚を眺めては、お気に入りの本を買って帰るのが放課後の楽しみ。少ないおこづかいのなかで、上質な文章に触れる貴重な機会を与えてくれたのは、その本を定価で買って売ってくれた、どこの誰とも知らない大人のおかげでした。
多感な時期にお金がなくても文化的な教養を受け取ることができたのは、それを手放した人がいてくれたから。
わたしは年を重ねるごとに、それがどんなにありがたいことだったか、身に沁みて感じるようになりました。
物は手放したらなにも残らないと思いがちですが、手放した先でその物が果たす役割は、きっと自分が思うよりずっと大きいものです。そう考えると、物を手放すことがどれほど意味のあることか理解できると思います。
このように「有意義に」手放せる出口を持っていることは、大人として遠くから誰かを支える見えないつながりにもなると思うのです。
⑧最大の難関は「思い込み」を手放すこと

ここまでを振り返ってみると、シンプルライフのやり方はそれほど複雑なものではなかった、と感じる方が多いのではないでしょうか。むしろ思うよりずっと単純な論理だった、と。
しかし、その単純なことがなぜできないのか。
そこで改めて、これまでのわたしの行動を思い出してみてください。
シンプルライフに踏み出そうとする前に必ず目の前に立ちはだかったものがあります。
それがずばり「思い込み」です。
「書類を捨てたら将来困ることになる」
「投資はギャンブルで怖いものだ」
「3LDKから1LDKに引っ越すのは物理的に無理」
「食器は食器棚に入れるもの」
「洋服はクローゼットにしまわなければいけない」
「物を手放したらなにも残らない」などなど……。
これだけ読んでみると、無意識のうちのそう思い込んでいることが、ひとつやふたつあるのではないでしょうか。
わたしたちの行動を真に制限している正体こそ、このような「思い込み」です。
ですからどんなに簡単な理屈だとわかっていても、実際に行動に起こすのが難しいというわけです。
しかし誰が言い出したかもわからない「思い込み」を永遠に信じて人生が終わっていくのは、ずいぶんもったいないことだと思いませんか。
せっかく自由な時代に生まれてきたわけですから、自分らしい人生を歩みたいですよね。
そのためには思い込みを新たな経験で塗り替えるしかありません。
新たな経験といっても大それたことではなく、今より少しだけ風向きを変えてみるような感覚です。
たとえば書類を捨てられないならば、最初は書類を少しだけ「整理する」というのもいいかもしれません。そうすると「これはさすがにいらないな」というものが1、2枚見つかるでしょう。それだけを手放してしばらく様子を見てみます。
「書類を捨てても今のところ困っていない」
「今日も昨日と同じく平和に暮らせている」
その感覚をじわじわと体感してみると、しだいに風向きが変わってきます。
つまり「思い込み」が真実ではなかった、ということが徐々に体に浸透してくるのです。
結局人間は体を持った生き物なので、どんなに理屈でねじ伏せても、体感として納得しないと動けないのが本当のところなのでしょう。
実際わたしも書類を捨てられないまま、8回の引っ越しを経験しました。その間一度も見ていない書類を、段ボールに詰めたり運んだりをひたすら繰り返していくうち「さすがにこれだけ見ていないならば、もう手放しても大丈夫だろう!」とやっと納得して捨てることができました。
わたしの経験はいささか過激ですが、思い込みを手放すには結局のところ「手放しても大丈夫」という安心感を少しずつ体に覚えさせる作業、これに尽きるのではないかな、と思っています。
⑨「安心」が人生を身軽にする

暮らしをシンプルにすると最後に残るもの、それが「安心感」です。
多くの人は物がないと不安、捨てるのは不安、と思っているかもしれませんが、ここまで振り返ってもわかる通り、その不安の正体は結局のところ、自分の心の奥に潜む「思い込み」なのです。
その思い込みをぜひ一度疑ってみることをおすすめします。そしてその思い込みが真実なのか、今現在の自分の体で検証してみてください。暮らしの風向きを少しずつ変えてみてください。
暮らしをシンプルにすると身軽になる、というのはよく聞く話ですが、なぜ身軽になるかというと、ただ物を手放したからではなく、それとともに多くの思い込みが体からはずれたからだ、とわたしは思うのです。
外側から与えられた思い込みから自由になることは本当に身軽です。
身軽というのは心に負担がない、重さがない、ということ。
結局のところ、わたしたちを一番苦しめているのは見えない心の重さ、なのではないでしょうか。
物を整理し片づけて、自分にとって大切なものを厳選していくと、だんだんと思い込みがはずれ、やがて心も軽くなっていくと思います。
そしてあるときふと、外の世界に左右されていない自分がいることに気づくはずです。
なぜなら自分の心を通して思い込みを塗り替えた経験は、あなたを裏切らないからです。と同時に、シンプルライフを通して自分の大切なものを明確に知っている、という事実は、あなたの人生を確実に安定させていくことでしょう。
「そもそもなんのために人生をシンプルにするのか」
その答えをいま一度思い出してみましょう。
「未来を安心して過ごすため」
この記事を通してあなたの心の負担が少しでも軽くなり、身軽で楽しい人生を歩めることを願っています。
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