永遠のバニシング・ポイント
日本のみなさま、こんばんは。
突然ですが、
みなさま
この映画はご存知でしょうか?
70年代、アメリカンニューシネマ(当国ではNew Hollywood)
と呼ばれる時代の映画で
75年生まれのわたくしは
当然ながらリアルタイムで観ておりません。
19歳の頃、
よのなかの学歴信仰による受験戦争を終了し
なんとなく地方の国立大学に滑り込んで
ようやく落ち着いた時に、
部活にも
一人暮らしにも
バイトにも飽きて、
大学生活を楽しむ彼女とも別れ、
全てがつまらなく、
「それは甘えだ!」
という自称大人の言うことも
「はいはい、どこかで聞いた、
よくあるご意見ですねー。
ところでそれはあなたが考えた、
あなたの言葉でしょうか?」
と、生意気にも脳内で反芻していた
若造は
今年51歳になります。
そんな19歳が
たしか20歳になった頃
このバニシング・ポイントという映画に
出会いました。
ネタバレはしませんが
内容は題名通り
消失するのです😂
見る人によって解釈の異なる映画かもしれませんが
わたくしは
主人公の Kowalski に非常に共感しておりました。
つまり私は消失したかったのでしょう😄
以来、わたしは
これまでことあるごとに
「消失したい」と独り言を
口走るようになりましたが
おそらくわたしは
この人間の世を
あまり気に入っておりません。
そんななか、妻と出会い
他の誰かのために生きようと
思えるようになりました。
息子を授かり
ようやく
未来にささやかに
何かしら良いと思えることを残し
去りたいと思うようになりました。
消失する勇気もなかった男は
ささやかながら
このクソみたいな世界で
生きている素晴らしさの
何かしらを
ほんの少しだけ
つかんだのです。
影響を受けたのか
オマージュなのか
偶然なのかは知るよしもありませんが
永遠の0に登場する宮部 久蔵も
Kowalski と同様
消失前に、笑顔になります。
彼らはそれぞれ
自分の生きてきた世界に
何を伝えたかったのでしょう。
それはきっと
ごちゃごちゃ分析されたくもないでしょうね。
なんでも言語化するのが
賢いのですか笑
その何かしらが
失われつつある時
これらのような作品が生まれるのでしょうか。
いつまで生かされるのか
わかりませんが、
わたしも消失前には
笑顔になれるような気がして
ワクワクしております。
最期には脳機能が低下し
時間の流れが無くなり
これまでの人生の走馬灯が
永遠になるとしたら、
それまで
どのように生きるのか
考えたことはあるでしょうか。
みなさまは
明日消えてしまうと
リアルにイメージしたら
何をしたいですか?
それでは、みなさまの明日も
良い日になります。
この映画も
同じようなテーマに
わたしには観えてしまうのです。
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