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大切な100個を選ぶ旅 #002

「好き」というアンテナに忠実でいる。


好きなことに、理由はいらない。
という言葉を、昔から耳にする。
確かにそうだ。

「好き」は感情であり、思考ではない。

なんか、この音楽が好き
なんか、この人といるとホッとする
なんか、ここに来ると嬉しくなる

最初は「なんとなく」という、フワッとしたものから始まる。

理由を聞かれれば、答えられなくもない。
(うまく答えられないことも多いけど)

たとえば「桜が好き」だと思う。

なぜなら?
・あの淡いピンク色が好き
・一斉に咲いて儚く散っていく姿が好き
・春の暖かさを感じるから
・子供の頃を思い出すから

など、理由を考えれば、色々と出てくる。
でもその理由があるから好き、というわけではない。
これらは、単に好きであることの「説明」であって、好きであることの「原因」ではない。

理由は後付けで、頭より先に、
身体や感覚が自然に反応している。
「好き」は思考ではなく、感覚からのメッセージなのだ。


自分の感覚を思い出す

大人になるにつれ、私たちはいろいろなことを考える。
社会での役割や責任が増え、自分の感覚だけでなく、他者の視点にも立って様々な方向から考えなければならなくなり、全体にとって良い判断をすることを求められる。
そしてたくさんの経験、失敗も重ねて、こうした方が良いと学んでいく。
判断するための力も鍛えられていく。
「あぁ、好きだけではダメなんだな」
「好きとか嫌いとか関係ない、とにかくやらなくちゃいけないのだ」
などと学習していく。

自分の気持ちは、今はいったん傍に置いておこう。

そうこうするうちに
純粋な自分の感覚を、どこかへ忘れてきてしまうのかもしれない。

そうだとしたら、「好き」は探すものではなく、もともと自分の内側にあるはずのものを思い出す、というものなのかもしれない。


ふかふかのお布団


小学生の頃、お昼寝をしていて母に怒られた。
ソファに横になる、とかではなく、カーテンも閉めて電気も消して、お布団にくるまって、本格的に寝ていたのだった。
外は晴天。
買い物に出ていた母は、帰宅して、私が具合も悪くないのに寝ていることに気づいてびっくりしていた。
そして私は、こんなお天気の良い時にお布団で寝てるなんてだめよ!子どもなんだから、外で遊んできなさい!と、怒られたのだった。

私は子どもの頃、お布団に入る時間が1日のうちで一番好きだった。
(もしかしたら、今もそうかもしれない)
ふかふかのお布団にくるまれていると、安心して、気持ちよくて、本当に幸せな気持ちになるのだった。
だから、
嫌なことがあると、お布団に入りたかった。
ひまになると、お布団で寝ていたかった。

そうすればすべてがすっかり、癒されるから。
ぜんぶ大丈夫になるから。
お布団の中は、世界でいちばん安心な場所。

元気でも落ち込んでいても、
がんばってる時も、さぼっている時も、
私をまるごと優しく抱きしめてくれる存在。

なんて心強い、優しい存在。

私は、ふかふかのお布団が大好きだ。

西川の羽毛布団。
以前別の羽毛布団を買ったことがあるけど、合わなかったので
それ以来「布団は西川」と心に刻んでいる。
冬はもちろん、夏でも薄い羽毛布団が良い。

布団カバーは、絶対に綿100%。そして、白。
無印良品のシンプルなもの。

これでなくっちゃ。

こうしてみると、しみじみ、最高にすてきなお布団だなと思う。

お布団は、旅には持っていけない。
だから、このお布団で寝られるということは、お家に住んでいる今の私の特権なのだ。

お布団で眠れるって、ありがたい。
お家があるって、ありがたい。
大好きなお布団で眠れるということは、なんて幸せなことなのだろう。


続く

<私の大切なものリスト>

  1. マグカップ

  2. お布団

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<大切な100個を選ぶ旅>
#000 宣言はこちら→(https://note.com/sayakamuna/n/na1cb166e1345?sub_rt=share_pw
#001 マグカップ→(https://note.com/sayakamuna/n/n7276ef57b9b3?sub_rt=share_pw
#002 お布団→(今ここ)
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