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だから今日も娘に「ありがとう」を言う。

週末は高1の娘とスーパーへ行く。

「え~、ひとりで行けばいいじゃん」と娘に言われても、わたしは引き下がらない。「お母さんは腰を痛めているから荷物を持ってほしい。いっしょに行こ!」そう伝えると、娘は、しぶしぶながら重い腰を上げて、パジャマからTシャツとデニムスタイルに着替え始めた。

わが家には、車がない。だから、自転車に乗ってスーパーへ行く。娘は赤い自転車。わたしはカーキ色の自転車。それぞれが好きな色を選んで乗っている。二人で並んで走っていると「何これ? めちゃくちゃ漕ぎやすいね。スイスイ前へ進むね」なんて言う。娘はずっと、チューブがつぶれたタイヤに乗っていた。それを見かねて、こっそり修理に出しておいたのだ。

スーパーに着くと、カートに買い物カゴを乗せて何を食べるか選んでいく。今日はアジのお魚が安い。夕食のメニューは、アジの蒲焼丼、お味噌汁、ツナと玉ねぎのサラダにする。食材をカゴに入れて、お会計はセルフレジに並んだ。娘がバーコードをかざし、わたしは袋詰め係。会計を終えて、買い物完了。

あるとき、娘は外へ出られない時期が続いた。いっしょにスーパーへ行く習慣は、わたしが無理やり作ったものだ。娘は人付き合いが上手ではない。あるとき、お友だちから「いっしょにトイレに行こう」と誘われたとき、「今は行きたくないからひとりで行ってきて」と言ってしまった。摩擦が起こらないわけがない。娘は学校に行けなくなった。(もちろん、理由はそれだけじゃないけれど)

世の中には、人と上手に付き合えるタイプと付き合えないタイプがいる。娘はどちらかと言えば、上手に付き合えないタイプだ。

不登校になったことにより、勉強は遅れ、小学校から続いているお友だちとも疎遠になり、自己肯定感を失っていた。小さいころは、公園遊びに夢中になり、ザリガニ釣りをして、川でアメンボを捕まえ、砂金堀りをし、夏の夜にはセミの羽化を見て、早朝4時に起きてカブトムシを捕まえるような元気さがあったのに。

外遊びが大好きで、どちらかといえば「男の子みたい」と言われるタイプだった。だからこそ、成長するに連れて女子との付き合いに悩んでいた。女子は集まり、群れて行動する。そこからあぶれると居場所がなくなってしまう。

どうしたら、もう一度、娘の居場所を作れるだろうか。不登校になったとき、代わりの居場所を見つけたいと思った。そうして探し出した場所は適応指導教室だった。通い続けると、自然と新しいお友だちができた。

現在は都心にある高校へ通っている。

わたしが望んだことは、自信を失った娘にもう一度、「自分には価値がある」そう思ってもらうことだった。なぜなら、新しい場所に飛び込み、新しい友人を作るには、勇気が必要だと思ったから。じゃあ、「自分には価値がある」そう思ってもらうにはどうしたらいいだろう?

それは誰かに貢献できて、「ありがとう」と言ってもらえたときじゃないか。わたしは娘にいつも「ありがとう」を言う。散歩に付き合ってくれてありがとう。お友だちが遊びに来る前にトイレ掃除をしてくれてありがとう。今日のように、買い物に付き合ってくれてありがとう。わたしたちは、ふたり暮らしだ。だから家族で「ありがとう」を伝えるのは、わたしだけ。

生きていると、どうしても人に嫌われてしまう瞬間がある。自分を押し通したとき。誰かに合わせられなかったとき。嫌われたときは思い出してほしい。自分がたくさん「ありがとう」そう言われる人間で、少なくともわたしとっては、唯一無二の存在だということを。だから今日も娘に「ありがとう」を言う。

#創作大賞2025
#エッセイ部門

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