ある晴れた朝に|シロクマ文芸部
霧が晴れた。
薄衣のヴェールが一枚、一枚と解けて落ちてゆくように。視界が豊かになる。白濁した闇から色彩が甦る。
ああ。
これで帰路のルートが見つかるかもしれない。
昨夜は霧に捲かれた。
踏み込めば踏み込むほど、闇が濃くなっていくのに恐怖を覚えた。
もう日没して黒い闇すら降りてくるだろう。今の自分がいるルートが正しいのかも判断できない。そう思ってスマホで現在位置を検索したが、圏外と知り愕然となったのだ。
やむを得ず、その場でビバークを選んだ。
深い木立の深淵のなかの小径に、僅かな窪地があった。
小型のツェルトの元で、トンネル型のテントを張った。
保温ポットの白湯は既に冷たくなっている。固形燃料は温存しなくてはならない。まだ初秋の北アルプスだ。そこにまだ初心者で、単独行に挑んだ自分が、単に身の程知らずだっただけだ。
大丈夫だ、と胸に言い聞かせた。
まだ出発してはならない。もっと陽が高くなってからだ。鳥の声が森林に戻ってからだ。
アーモンドバーを出した。
それを冷たい水で齧った。
体力を回復させて、また歩き出すのだ。
身動きをするとツェルトの天井に溜まった夜露が、左右に流れていく音がする。山が目覚めの涙を流したようだ。
大丈夫だ、もう一度言い聞かせた。
強迫観念に惑わされてはならない。
これは遭難ではない。ただ疲れて、道に迷ったついでに休息しただけだ。
昨夜は凍えて睡眠は浅い。だが気温はまだ初冬くらいだし、装備してきた衣服で充分に耐えられる。身体が強張っているのも想定内だ。
鳥の声が降ってきた。
テントを開くと、どっと冷気と光が流れ込んできた。後光に溢れている光景だ、生命の息吹がする。
さあ。出発しよう。
今日には下山できる筈だ。
GPSが使えるようになってから。ご褒美にお湯を沸かして粉スープを飲もう。そう考えるだけで歩く気力が湧いてきた。
中空でまた一声、大きく鳥が囀った。
