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さまざまな分野の研究が合流しながらつくりだすウェーブ /[書評]『野生の知能』

「脳を超えて」(Beyond the Brain)。原書のタイトルとなっているこのことばは、認知科学において新たに台頭してきた立場のスローガンでもある。その立場によれば、ヒトや動物の認知を研究するとき、その脳だけに着目するのは的はずれである。むしろ、(脳を超えて)身体や環境にまで拡張したものとして認知を考えなければならない、とそういうのである。本書は、認知科学におけるそうした潮流を概観できる研究書である。

上記の立場で何よりワクワクさせられるのは、さまざまな分野の知見が合流しながら、ひとつのウェーブをつくりだしている点だろう。たとえば、ブルックスの自律エージェント研究(ロボット工学)然り、テーレンとスミスの乳児歩行研究(発達心理学)然り、である。そして、本書の魅力もまた、そうしたさまざまな知見を遺漏なく紹介しているところにある。なかでも個人的にとくに印象深かったのが、お片付けロボット「スイス君」の話だ。じつはそのロボット、センサーも一種類しかないし、行動のルールもごく単純なものがひとつだけ。にもかかわらず、キューブが散らかった環境に置かれると、そのロボットは見事にキューブをお片付けしてくれる。どうしてそんなことが可能なのかは実際に本書を読んで確かめてほしいが、ポイントは、スイス君の物理的構造と、環境との相互作用にある。つまり、その内部構造はきわめて単純でありながら、身体や外部環境に認知的負荷を肩代わりさせているのである。そしてこの事例は、「複雑な脳なくしては複雑な行動はとりえない」という、われわれの思い込みを見事に覆してくれるだろう。

ほかにも本書には、ユクスキュルの「環境世界」や、ギブソンの生態学的心理学など、重要なトピックがたくさん詰め込まれている。また、新たなウェーブの中心である「力学系理論」についても、2章分を割いて解説がなされている。旧来の知見をも吸収しながら、新たにどういったウェーブが形成されているのか、その点もぜひ本書で堪能したいところだ。

ただ最後に、この邦訳書に関してひとつ注文を。率直に言って、この本のおもしろさは、著者のオリジナルな研究にあるわけではない。むしろ、すでに述べたように、多分野にわたる興味深い研究を遺漏なく紹介していること、そのことにこの本の魅力はあるといえるだろう。しかしそれならば、参考文献一覧はぜひとも本書自身のうちに収録してもらいたかったと思う。「参考文献はwebで」という方法もなくはないだろうが、とりわけこの本に関してはふさわしくなかったのではないか。

そうはいっても、読んで楽しい本である。新しい研究のワクワク感、それを多くの人に感じてほしいと思う。


[関連書]

「脳と身体と環境の相互作用」というアイデアについては、アンディ・クラークの著書も参考になる。

テーレンとスミスのこの本が2018年になって邦訳刊行されたことは、ある意味で事件ですらあったように思う。


[おことわり] この書評は、2013年7月15日に別の場所で公開したものをあらためてnoteに転載したものです。

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