Birdie, birdie - 子ども食堂という存在
「食べられてる?」
この何気ない問いの裏に、どれだけの現実が詰まっているのだろう。
子ども食堂は、やさしい場所かもしれない。けれどそれが「必要とされる社会」は、本当にやさしいのだろうか?
本記事では、子ども食堂という“光”を通して、その背後にある“見えない構造”に目を向けます。
そこから見えてくるのは、静かに慣らされていく私たち自身の姿かもしれません。
Birdie, birdie――君は、ちゃんと食べられているかい?
子ども食堂の数は2024年度で1万件を超えています。
これは、公立中学校(約9,265校)より多いことになります。
毎日の食事が十分取れない子どもたちのために始められた『子ども食堂』。
今では、多世代の交流拠点の役割も果たしているそうです。そのようなあり方は否定しません。
しかし、私は子ども食堂という存在に疑問を持っています。
政府の対策が追いつかない中、民間の方の善意で始まったのが子ども食堂です。
本来、これは国がやるべきことではないでしょうか?
それを民間の善意に甘え、政府がそれを当然のように放置している現状があります。
国会議員の中には、河野太郎のように「子ども食堂を広げるべき」という発言をした者もいます。
毎日の食事に困っている子供がいる。それは国の政策の失敗以外のなにものでもありません。
毎日満腹になれない子どもたちが国にたくさんいることに、自分に対して、自分が所属する党に対して、不甲斐なさを感じるのが政治家ではないでしょうか?
民間が子ども食堂のようなことをしないと飢え死にする子供が出る現状がある。そのことに、斬鬼の念を感じないのなら、そいつは政治家ではないと思います。
また、炊き出しや食料配給のおかげでなんとか飢えをしのいでいる人たちもたくさんいます。
私は東京在住ですが、都庁の下で炊き出しや食料配布が行われています。それを生命線として、なんとか生きている人たちがたくさんいます。
残念ながら、小池百合子東京都知事が現場を直接視察しているという報道は確認できていません。
もうすぐ都議会議員選挙です。彼女の創設した都民ファーストの会は、現在多くの議席を持っています。しかし、小池百合子東京都知事のしていることを見れば、彼女の下支えの組織に投票することには疑問を感じます。
子どもの貧困、ひとり親世帯の貧困、社会のセーフティーネットにうまくつながれない人達。
これらは本当に、彼ら自身の責任なのでしょうか?
努力が足りないと言えるのでしょうか?
私はもっと根深い、日本の構造的な問題があると思います。
その気になれば、彼らを助けることはできるんです。
ただ、やろうとしないだけ。やる気がないだけ。
やる気があるように見せかけるために、頓珍漢なお金の使い方をしている。
それが今の日本政府、東京都だと私は思っています。
子ども食堂、炊き出し、食料配布。これらを運営する人たちには頭が下がります。
ですが、本来はこの方々の活動が不要になるようにするのが国の役割ではないでしょうか?
Birdie, birdie――君は、ちゃんと食べられているかい?
そんな呼びかけをしなければならない社会であってはならないのです。
選挙が近い。
「どうせ変わらない」なんて言わずに、せめて一票を投じてほしい。
痛みに耐えることより、社会のかたちを問うことのほうが、ずっと意味がある。
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