日本人の誇りを取り戻せ⑥/インドネシア
前回のマレーシアと同様に日本軍が侵攻したインドネシアの人々の言葉を集めました。
「アジアの希望は、植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。大東亜戦争というものは本来なら私達インドネシア人が、独立のために戦うべき戦争だったと思います。もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。大東亜戦争はそういう戦いだったんです。」
「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り、幾度か屍山血河の闘争を試みたが、オランダの投智なスパイ網と、強靭な武力と、苛酷な法律によって、圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し、感謝感激したのは当然である。」
「我々アジア・アフリカの有色民族はヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが全部失敗した。インドネシアの場合は、350年間も失敗が続いた。日本軍が米・英・蘭・仏をわれわれの面前で徹底的に打ちのめしてくれた。われわれは白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。…そもそも大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらねばならなかった。そして実はわれわれの力でやりたかった。」
「日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。日本は目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。」
「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。
第一に、オランダ語と英語が禁止されたので、インドネシア語が成長し、使用が広まった。日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は驚異的発展をとげた。
第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、竹槍、木銃によるものだったとはいえ、きびしい規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。
第三に、職場からオランダ人がすべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、われわれに高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事をまかせた。」
インドネシアの人々の証言はマレーシアの人々と全く同じです。
日本がアジアを欧米から解放してくれたと。
そして,インドネシア人と共に残留日本兵が命を懸けて戦ってオランダからインドネシアの独立を勝ち取ったことは学校で教えるべき史実です。
知らない日本人がおかしいんですよ。
ちなみに,戦前は,今のマレーシアは英領マラヤ,ベトナム・カンボジア・ラオスは仏領インドシナ,フィリピンは米領フィリピンと呼ばれ,インドからミャンマーまで英領インドでした。
すなわち,殆どのアジアの国々は欧米列強の植民地でしたが,戦後,アジア各国は次々と独立していきます。
インド独立記念日 昭和20年年8月17日
パキスタン独立記念日 昭和20年年8月17日
インドネシア独立記念日 昭和20年年8月17日
ベトナム独立 昭和20年9月2日
フィリピン独立記念日 昭和21年7月4日
ビルマ独立記念日 昭和23年1月4日
スリランカ独立記念日 昭和23年2月4日
カンボジア独立記念日 昭和28年11月9日
ラオス独立記念日 昭和29年7月19日
マレーシア独立記念日 昭和38年9月16日
シンガポール独立記念日 昭和40年8月9日
バングラディッシュ独立記念日 昭和46年3月26日
そして,欧米列強に敢然と立ち向かって撃破し,アジア諸国の独立のきっかけを作り手助けしたのが我々の祖先であることは紛れもない事実であり,世界各国の著名人がそれを証言してくれています。
そう考えるだけで,なんだか自信が湧いてきませんか?
日本人に生まれたことを誇りに感じませんか?
