大海を知った日
美大を目指そうと思った。
ところが、デザイン科の入試がどんなものか知らない。
高校では空手部だった。
慌てて美術部へ入った。
美術部では木炭デッサンを描いていた。
クラブには東京藝術大学を受験するという
中学生の時からの知り合いがいて、
それなりにうまかった。
ある時知った。
デザイン科の入試は鉛筆デッサンらしい。
困った。
誰も鉛筆デッサンなど教えてくれない。
そこで当時出ていた『アトリエ』という雑誌を取り寄せた。
北海道の田舎では本屋に並んでいない。
通信販売で、
「デザイン科入試のための鉛筆デッサン」
そんな特集号を何冊も買った。
それを教科書代わりに、
描いた。
とにかく描いた。
静物も少しは描けるようになった。
これなら何とかなる。
そんな気がしていた。
武蔵野美術大学一本。
今思えば、
ずいぶん思い切った話である。
東京へ向かうだけでも一仕事だった。
北見から函館まで八時間。
青函連絡船で四時間。
青森から上野まで八時間。
今なら飛行機でひとっ飛びだが、
当時は東京そのものが遠かった。
試験会場で静物が並べられ、
デッサンが始まった。
そして、
私は固まった。
周りがうますぎる。
描けない。
まるで描けない。
それまで描けると思っていた自信が、
音を立てて崩れていった。
悔しかった。
でも涙は出なかった。
たぶん、
悔しさより先に、
世間の広さに呆然としていたのだと思う。
どうやって北見まで帰ったのか、
今やまったく覚えていない。
格好よく言えば、
青春の挫折である。
格好よくなく言えば、
世間知らずの北海道のガキが、
東京で見事に打ちのめされた日だった。
もっとも、
この話には続きがある。
このあと私は、
美大志望ではない浪人生になる。
人生というのは、
一枚で描き終わるデッサンではなかったようだ。

