3度目のフル、板橋シティマラソン 脚攣りランナーはまたも痙攣に見舞われるのか。
(2024年3月30日にFacebookに書いた記事のアーカイブです)
3/17(日)板橋シティマラソン
ちょっと時間たちましたが、こりずに長文。
マラソンをマラソンのように長く書く。
マラソンやランニングに興味のある方。
板橋にご縁のある方。
五十路を過ぎた人間の覚醒に興味のある方。
マラソンの過酷さを数学的に説明してみたい方。
70年代と80年代のロックに興味がある方。
全てを受け入れつつ素養となせる寛容さをお持ちの方。
お時間おありでしたら、おつきあい下さいませ~。
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3度目のフルマラソン。
過去2回は両方とも同じ26キロ地点で足攣りを起こし、その後ゴールまで地獄を味わった。
ゴールまで辿り着いたとはいえ、果たして、これを完走と言っていいのか?
26キロ地点からゴールまで、16キロの道のりを制御不能に陥った両脚を運び続けるという苦行を、気合いだけでやり通したというのが実際である。
達成感や爽快感など皆無。
これは足攣りせずに完走しないとフルマラソンを走ったことにならないだろう。
というわけで、板橋シティマラソン。
板橋……
東京都民として50年以上を生きてきて、全くなじみがない土地なのだが、シティっていうのが素敵。
シティマラソンといえばニューヨーク。ニューヨークシティセレナーデはクリストファークロス。
シティな板橋の、シティな響きに誘われて、エントリー。
12月の湘南国際マラソン以後、動かすと左膝の内側の筋らしきところに軽い痛みがあって、思うように練習できずにいた。
走り始めて5年、ほぼ月100キロを目標に走ってきたのだが、2月の走行距離はわずかに35キロ。
実を言えば、走ることで自分の不摂生をカバーしてきたのだった。
走れなくなると、必然的にオーバーウエイトとなる。
お見せできないのが残念なのだが、まるでアスリートの身体とは思えないカ・ラ・ダ。
脚への負荷も大きいだろうと。
距離を抑えた分、膝の痛みはなくなったが、このままではまずいとばかり、レース1週間前にハーフをキロ5分ペースで走ってみる。
後半はバテたけれどなんとか走り通した。
久しぶりの爽快感。
ところが、その後3日間筋肉痛に見舞われ、階段を降りるのもままならない。
フルマラソンを前に嫌な予感しかない。
とにかくやれることはやっておこうと、「足攣りにはマグオンよ!」という情報を湘南で知り合った「ラン友」の方からうかがい、経口マグネシウム「マグオン」を3日前からマグON。さらに足攣りに効くという漢方芍薬甘草湯を、2日前から攣りもしないのに服用。

年度末、様々な飲み会のお誘いも、お誘いいただく幸福を噛み締めながら、ひとつだけ参加して、以後お酒は3日前から封印。
で、迎えたレース当日。
レース会場の最寄りの駅は埼京線浮間舟渡。
ウキ・マフナド、なんとなく北欧あたりで通好みの映画を撮っているっぽい。
歩いて15分ほど、荒川河川敷の野球やサッカーのグラウンドがスタート・ゴールの会場だ。

そして、コースは荒川の土手を下流へ21キロ、折り返して上流へ21キロ向かうのだ。
42.195キロ、前途は全て土手の中。
そう、我々多摩リバーの土手をホームとする、土手ランナーにとっては他流試合、遠征みたいなものだ。
土手にニ念無し。
早々に支度を済ませ、仮設トイレにも余念なく二度行き、30分前にスタートに並ぶ。私はDゾーンからのスタートである。
開会式を盛り上げるアナウンスの声が、「今日は最高気温20度超えが予想されていますが、今スタート地点は無風です。これはPB(プライベート・ベスト)出るかも知れませんよ〜」と。
過去2回のフルマラソンは、密やかにサブ3.5(3時間半を切ること)を狙っていた。
1度目は最初からキロ4分30秒で押していった。そして26キロ地点での足攣り。
2度目は4分45秒ペースで抑えながらいったが、同じく26キロ地点で痙攣。要するに、オーバーペースなのである。
そのペースで42キロを走りきる脚力をもっていないのである。
さらにこの日の予報では最高気温20度越え。
初フルも20度越えで、両手両足は粉吹き芋状態となった。
どうやら今回も足攣りとの闘いを余儀なくされそうだ。
開会式、大会ゲストの土佐礼子さんが言う。
「皆さん、入りすぎはだめですよ。とにかく初めはスローペースでもいいです。何より大切なのは最後までイーブンで走ることです」
イーブンで良いぶん。
この一言で、今回のペースはとにかくキロ5分より速いペースでは走らない。たとえ数秒遅れても取りもどすためにペースを上げない。
記録にはこだわらない。とにかく、足を攣らずに、痙攣させずに、止まることも歩くこともなく最後まで走りきる!
で、スタート。

スタート地点までは渋滞で2分ほどを要す。
まず最初の1キロは6分50秒。
それでいい。
そこからはひたすら5分台を維持することを心がける。
以下12キロまでのペース。
5分04秒 よし、いい感じ。
5分11秒 ちょいかかったけど、これでいい。
5分00秒 お!ジャスト!すごいなオレ。
5分14秒 あら、ちょっと気を許したか? でも問題なし。
5分03秒 いいね。
5分04秒 ほぼ同じペース。
5分03秒 ほぼ同じペース。
5分05秒 ほぼ同じペース。
5分05秒 機械かオレ?
5分03秒 むしろ機械になりたい。
5分04秒 なれたらどれだけ楽か。
給水は今回も5キロごとを目指す。
湘南国際マラソンはごみ減量を目指したサステイナブルな大会で、自分でカップかボトルを持っての給水であったが、板橋では普通に紙カップでの給水だ。
なるほど、ポイントごとにゴミ箱が設置されてはいるが、路上に散乱したコップも多く、確かに環境に優しい感じはしない。
自分はとにかく、使ったコップは確実にゴミ箱に入れることを目指す。
狙いは水ではなく、ポカリスエット。
ポカリに含まれる糖分とミネラルを頼りにするのだ。
ポカリって随分長い歴史があるよな。
大塚製薬?
カロリーメイト同様、薬かよって、出てきた時はなんか違和感あったよな。でも両方とも確実に市民権を得ているのだから、イノベーションは常識を凌駕して成り立つのだなあ。
で、我々世代だとやっぱり一色紗英ちゃんだよなあ。
いや、その前は宮沢りえちゃんだっけ。
でも、今の吉田羊さんもいい感じ…
こう言う余念雑念がいかんのだ。
とにかく、ペース。
何はなくともペース。
実は今回、いつも骨伝導イヤホンで聴いている音楽を走り始めてすぐに止めたのだ。
なんだか気持ちが上がるので、今回はいつもと違うことをやってみようと思い、今回は音楽なし、外気や音に五感をすましつつ、とにかく心穏やかに走ろうと。
このあたりまでは実に爽快であった。
ペースもいつもより落としているので、心肺も四肢も全く疲れはない。
しかし、3回目のフルマラソン。
落とし穴は、その爽快さのままで最後まで行けると、「その時点」では思ってしまうことだ。
気温はにわかに上がりはじめた。
むんむんとした感じ。
周りのランナーを見ると、ランシャツに汗を含み、首元や腕に目に見えて汗をかいている人もいる。
大汗をかいている人は、はあはあと、そばで荒い呼吸が聞こえてくる。
ただ、自分はそこまでかいていない。
まだサラサラしている。
心拍数も160台前半/分でずっときていて、呼吸は意識してするほどの苦しさはない。
とは言え、スタート地点ではほとんど感じなかった風もなんだか強くなってきて、被っているキャップに手をやりながら、飛ばされないか気にすることもたびたび。
板橋シティは風だらけ、なのであった。
以下13キロから折り返し22キロまでのペース。5分10秒、5分04秒、5分12秒、5分11秒、5分07秒、5分09秒、5分07秒、5分10秒、5分09秒、5分08秒ペースはわずかに遅れてきた。
きっと暑さと風の影響である。
微かに両足に重たさを感じつつも、ともかくハーフを終了。
折り返し。
あと半分。あと21キロ。
フルマラソン、それは何度とない計算、とりわけ割り算の解と、自分の身体状況との照らし合わせの時間であったりする。
2キロ地点「あとこれを21回か~、果てしないな、考えなかったことにしよう」
6キロ通過「あとこれを7回か~、まだまだあるけれど、このままいけんじゃね?」
10キロ通過「よし、だいたい4分の1、まだまだいける」
14キロ通過「3分の1、まじか、これをあと2回か~」
という具合に。
もちろん、分母は走れば走るほどどんどん大きくなっていく。
その分脚力や心肺能力はスタート時点から確実に減退を余儀なくされるので、単純な計算ではレースの本質を伝えることはできない。
半分を超えれば、割り算の解はおのずと「2」を切る。
「あと〇キロ~」という減法、つまり1キロずつ減っていくというカウントダウンが始まるのだ。
残り21キロ、この先1キロを21回積み重ねる……
これが辛い。
次は、正数で割り切れる最後の割り算「あと3分の1!」を実感できる28キロ地点まで何とかがんばろう、となる。
本当はこういうことを考えずに、とにかくペースだけを気にして走れば良いのだろうが、どうしても思考を巡らしてしまう。
やれやれ。
こういう大きな大会は沿道(といっても土手なのだが)の人たちの応援がありがたい。
「頑張れ〜」「ナイスラン!」
といった声かけのみならず、
「エアサロンパスあります」
「オロナミンCあるよ」
と書いた紙を持った人もいる。
うれしいなあと。
さらには音響装置を持ち込んで音楽を流している人。
のみならず、キーボードを持ち込んで、何やら音楽を演奏している人など。私は往復でヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」を3回聴いた。
アルバム「1984」に収められたナンバーは、確か自分が中2の時。
革新的なギターで鳴らしたエディ・ヴァン・ヘイレンが、シンセ弾いて話題だったよな。
エディの革命的なライトハンド奏法とともに笑顔奏法が思い出される。
あの笑顔で最後まで走り切れる人に、私はなりたい。
落ち着け、ジャンプしちゃいかんぞ、デイヴ・リー・ロスの開脚ジャンプに惑わされるな。
そんな沿道からのかけ声で、「ここからは追い風だよ」と。
そこまで苦しめられた向かい風が折り返しと同時に追い風に。
よっしゃとばかり心も脚も踊る。
折り返し後、最初の1キロは
4分57秒
と、この日初の4分台。
さらに
5分03秒
5分02秒
と25キロ地点まで、ペースを取り戻す。
いよいよ過去2回足が攣った26キロ地点である。
過去2回の足攣りの瞬間が思い起こされる。
ここから先は、まともな脚では走ったことのない世界。
大丈夫だ、足は重たくなっているが、今のところあの「攣る感じ」はない。攣ったら、あの辛さがやってくる。
あの、全く楽しくない、この世の終わりとしか言いようのない苦悶の中、それでもレースを続けなければならない、あの阿鼻叫喚の時間が待っている。
とにかく無理せず、重たくはあるがそれでも未だ痙攣をしていない足、過去2回に比べれば、限りなく健康な両脚を慎重に前に運ぶのだ。
折り返し後の給水。
エイドにたわわに並んだバナナが視界に入る。
過去2回のレースで、這う這うの体で口にしたバナナ。
しかも、板橋マラソンのバナナは惜しげもなくまるまる一本で提供されている。
まるごとバナナに自然と手が伸びる。
走りながらのまるごとはさすがに多い。一口だけ食べきれず、心の中で「ごめんなさい」をしながらゴミ箱へポイ。
未知の領域へ、痙攣経験豊富な両脚を、一歩ずつ慎重に進める。
本当にそんな感じ。
風は時に向かい風になり、いきおいペースも落ちる、
それでも「絶対に足攣りしない」を題目のように唱えながら脚を進める。
26キロから、5分12秒、5分19秒、5分14秒、5分11秒とじわりじわりと遅れ始める。
それでも「3分の1」を通過した。
ひたすら前へ、足を止めない。
コース上では多くのランナーが歩き始めている。
立ち止まってストレッチをしている人もいる。
過去2回の自分を見る思いである。
中には救護所で座り込んでいる人も。
「きっと辛いんだろうな、もうやめたいという気持ちでいっぱいだろうな」と想像しつつ、脇目にしつつ足を止めない。
とにかく止めない。歩かない。歩くと絶対に何度も繰り返す。
「歩かずに完走」
29キロからは、5分24秒、5分25秒ととうとう20秒台へ。
いよいよ30キロを越える。
心拍数は170台前半をキープ。多少上がったが、呼吸の苦しさはない。
両脚は重さを増してきた。
残り12キロ、ここからが長い。残りの距離が減っていかない感じが半端ない。
相変わらず風も強い。
向かい風を受けると全く足が進まない時もある。
それでもいい。どんなにタイムが落ちてもゆっくりでも良いから前へ。
31キロからは5分30秒を下回らなくなり、37キロではとうとう6分台へ。
それでもペースを上げる余裕は全くない。
大きな励みになったのは給水所でふるまわれるコーラだ。
コーラ!
正直、もうここ何年も飲んでいないぞ。
この何ともどす黒い液体、甘美な炭酸飲料にすがるように手を伸ばす。
ランナーのことを考えてであろう、全く冷えていないのだが、これが至福のうまさなのだ。
思わず2杯を手にして飲み干した。
艱難辛苦。
イエス・剋苦・イエス。
ザ・キンクスの名曲「ローラ」の歌詞にそういえば「コカ・コーラ」が出てくるよな。
「ローラ」はトランスジェンダーについての曲だけど、きっとレイ・デイヴィスは単なる面白さだけで作っているよな。
「ローラ」脳内リピート。
イヤホンで音楽を聴かなくても、ちょっと元気がチャージされる。
そして、40キロ。
あと2キロ。
ここで両脚にあの忌々しい感じ、過去2回と同じ感じで両太ももが張ってきた。
分かる、自分には分かる。
あの「攣る感じ」が襲ってきたのだ。
さて、どうする。
このまま攣らせるのか?
とにかく、少しペースを落として様子を見る。
張りは退いていかない。
過去の経験がささやく。
君、このままだと攣っちゃうよ。
意を決して、一瞬だけ立ち止まり、屈伸をして大腿部の筋肉を伸ばしてみる。
このような極限状態では、一部を伸ばすと他の部分が縮んでそれを機にその部分が痙攣することがある。
これも過去が教えてくれる。
この時も、右足の薬指の付け根が、一時の伸縮の結果、攣ってしまった。
しかし、これは走りながら何とかなりそうな痙攣だ。
太ももはわずかに張りが減少した気がする。
行けそうか?
いや、行けなくても行くしかない。
とにかく前へ。
ラスト1キロ。
暑さは多くのランナーを苦しめているようだ。
残りわずかにして足取りがふらふらと、まっすぐ進むこともおぼつかないランナーに救護の方が声をかけている。
まるで、昔のロス五輪、ゴール手前の女性マラソンランナーのようで気の毒である。
残り500メートルほど。
力はまだ余っている。
力の限りスピードを上げてみる。
ラストスパートと言えるほどかっこいいものではないけれど、それでもペースダウンしたランナーを何人も抜き去る。
ゴールが視界に入る。
負荷をかければ当然脚は張ってくる。
それでも、さらにペースを上げる。
張りはピークになったが、攣る直前で両脚はゴールラインを越えた。
完走、最後まで走り続けての完走。
30キロから先は本当に辛かったけれど、ゴールゲートを通過すると、その苦しみは爽快感に変わる。
記録は、ネットタイム(スタート〜ゴールまで42.195キロの記録)3時間46分28秒。
総合順位は7820人中2083位。
参加人数の定員が1万人なので、2000人以上が途中リタイアしたということか?
この日のレースはなかなか過酷だったようだ。
前回の湘南国際でのタイムに比べて、脚を攣らずに完走しても4分縮めただけだったのはちょっと驚き。
それでも、3回目にして初めての「やりきった感」。
なによりも、疲労困憊ではあるけれど、攣らないでゴールするとレース後の脚は本当に楽だ。
レース後、湘南にて「ラン友」になった方々と3人で会場に出店していたラーメンなどを食べて、しばしおしゃべり。
みなさん、暑さと風で苦労したとのことだ。
それでも、皆さんきちんと同じくらいのタイムで完走するあたりがすごいなあと、私なんかよりもラン歴豊富な方々。
こういう楽しみも、新鮮だ。
フルの走り方が少し分かった気がする。
どれくらいのペースならば、最後まで脚が攣らすに行けるのか。
途中の脚の感覚、呼吸の感覚などなど。
身体は確実にこの経験を刻んだはずである。
意味のない経験などない。
過去の苦い経験が教えてくれたものは計り知れない。
年齢的にはきつくなるけれど、何かを掴む感じは代えがたいものがある。
とはいえ、サブ3.5だとキロ5分イーブンで走るわけで、あと16分の差は全く生半可なものではないことを全身で痛感。
何とかたどり着いた30キロからの、あの1キロ1キロがなかなか減らない感じ。
立ち止まりたい気持ち、歩き出したい気持ちと必死に戦いながら、何とか足を運び続けるあの感じ。
この感じは何だか、今ではいとおしくさえ思う。
きっとこの先何かに形になって現れるかもしれない。
さて、フルマラソンは冬までお休み。
月ごとの距離をもう少し増やして練習しようかなと。
さらに違う景色を見るために。

