鹿児島の正月料理−お殿様の食べた雑煮と、奄美の鶏飯のルーツ / 観光学専攻の大学教員による鹿児島ガイド
1.はじめに
師走もあと少しとなり、新年に向けた準備にとりかかる方も多いのではないでしょうか。私は、毎年年賀状だけは早めに書き始めていました。パソコンで自作してきましたが、手書きのよさも捨てがたいので、必ず1枚に数行ですが近況をペン書きしています。今では出す枚数をかなり減らしていますが、年賀状ひとつとって考えてみても、私たちにとって正月の恒例行事は姿かたちを変えていることが分かります。
正月料理も、刻々と変化してきました。1967(昭和42)年、市販のお節料理が初めて登場して以来、今日身近な存在になっています。そんななか、伝統的な食材を活かした手作りの料理も地域に根づいています。
今回は、鹿児島の代表的な正月料理の歴史にせまってみましょう。
2.藩主島津家の雑煮と初詣で
島津家には、代々「焼きエビ雑煮」の味が伝わっています。「焼きエビ」に好んで使われていたのは、出水沖の有明海(不知火海)で採れる「クマエビ」。風速5mほどの天候をねらって、熊手のような鉄製の桁(けた)を海に投じ、海底を引きずって風力で船を進めます。桁の後方には網が取り付けられており、海底の砂地に隠れているクマエビを掻きだすようにして捕獲していきます。

出水沖のクマエビやクルマエビは「出水エビ」として、藩政時代より島津家に納められていました。いまでも鹿児島の正月を代表する高級食材となっています。
ところで、島津家に伝わる雑煮の味は、私たちの感覚からすると随分と質素な感じです。焼きエビでとっただしをベースに、具は餅・サトイモ・青菜のみですが、約20cmのクマエビの大きさと、素材の味をいかす点に特徴があります。
お殿様にとって「焼きエビ雑煮」とならんでの正月行事が上町(かんまち)五社への参詣でした。五社とは、諏訪(南方)・祇園(八坂)・稲荷・春日・若宮の各神社をさします。そのなかでも、諏訪神社は、島津家の氏神として歴代当主の信仰も厚かったことで知られます。
お殿様の食した「焼きエビ雑煮」は、島津家の別邸・仙巌園で冬季限定メニューで味わうことができます。上町五社のお参りは、隠れた鹿児島の伝統行事としてもお薦めです。

「焼きエビ雑煮」を楽しむことができる。
3.伝統の味・豚骨料理
鹿児島の定番料理といえば、黒豚を使った美味の数々。「豚骨らーめん」もその代表格ですが、歴史の長さでは断トツを誇るのは「豚骨」。骨つき豚肉を角型に切り、炒めて油抜きをした後に水や焼酎で煮込み、さらに、こんにゃくや大根などを入れて日本酒や砂糖を加えて煮込むとできあがりです。肉と軟骨ともにとろけそうなほど柔らかく、油気も少ないので女性や高齢の方にも好まれる、まさに「県民食」と言えるでしょう。
さて、鹿児島県本土で正月の料理として豚骨を食べる機会はあまりありませんが、奄美地方では正月には欠かせない存在とされています。

幕末に起きた薩摩藩の御家騒動・お由羅騒動(高崎崩れ)で1850(嘉永3)年に奄美大島に流された名越左源太は、赦免されるまでの5年間のようすを克明に記録に残している人物です。その1つに『南島雑話』があり、奄美の食や風習を知ることのできる第一級の史料として知られます。
このなかに、奄美地方の正月料理として豚肉が重用されていた記録が残されています。年末には各家庭で飼育している豚を捌き、正月には本土とは少し異なりますが味噌や醤油で味付けした「豚骨」が登場します。また、来客をもてなす料理として、年末に塩漬けして保存食にした塩豚の炊き込みご飯(豚飯:ブタミン)は、現在奄美を代表する伝統料理・鶏飯のもとになったとの説もあるようです。
〔参考文献〕今村規子(2010):『名越左源太の見た幕末奄美の食と菓子』南方新社.
