わかってるけど説明できないのは、わかったつもりになっているだけ
どーも、西村です。
今回は、『わかってるけど説明できないのは、わかったつもりになっているだけ』というテーマで話を掘り下げていきたいと思います。
もしかするとあなたは、「なんとなく、わかった気になっている」だけかもしれません。
たとえば、誰かに「あなたって、結局どういう生き方をしたいの?」と聞かれたとき、あなたならどんなふうに答えるでしょうか?
頭ではわかっているはずなのに、いざ言葉にしようとすると出てこない。
あるいは、ポツリポツリと何かを話せたとしても、「あれ、なんか自分で自分の言ってることがピンとこない」と感じてしまう。
そんな経験、誰もが一度や二度はしたことがあると思います。
わかっているのに説明できないのは、なんかモヤモヤしますよね。
では、どうすればその、わかっているけど説明できない状態から抜け出すことができるのでしょうか?
最初にお伝えしておきたいのは、“わかってるのに説明できない”という状態は、「わかったつもりになっている」状態であることが多いということです。
本当に理解が深まっているときというのは、自分の中にある“実感”と“言葉”がつながっています。
逆に、それがつながらないときは、まだ自分の中でその概念が整理されておらず、どこか他人の言葉をなぞっているような段階なのです。
昔、こんな相談を受けたことがあります。
「自分軸で生きたいんです。でも、そもそも“自分軸”って何?って聞かれると、自分でもうまく説明できなくて…。なんか、抽象的なことばっかり頭に浮かんできて、言葉が出てこないんです」
彼女は、書籍もセミナーもたくさん読み込んでいたし、「自分の人生は自分で決める」という感覚にも、うっすらと共感を持っていました。
それでも、“自分の言葉”で説明しようとすると、ふわっとしてしまっていたのです。
そこで私はこう伝えました。
「それは、“理解が浅い”ってことじゃなくて、“理解が実感に変わる前”の段階かもしれません」
大切なのは、ここで「ダメだ、自分は頭が悪い」と思わないことです。
説明できないのは、知識が足りないからではなく、“自分の中にきちんと定着していない”だけのことも多いからです。
私自身も、「わかってるけど説明できない」状態に何度も悩まされてきました。
特に、心理学や脳科学の知識を学び始めたばかりの頃はまさにそれでした。
たとえば「認知バイアス」や「コンフォートゾーン」という言葉。
書籍では何度も読んでいたし、頭では意味も理屈も理解していた。
でも、それを「じゃあ、それって日常生活のどんな場面で起こるの?」と聞かれると、答えられなかったのです。
「えーと…つまり、自分の思い込みで…」と口ごもる自分に、もどかしさと恥ずかしさを感じました。
でも、ある日、「自分が変化を避けてしまっていた出来事」を振り返ったとき、ハッとしたんです。
「これが、コンフォートゾーンの外に出られないってことか」
と。
その瞬間から、言葉が変わりました。
まるで、体の奥に落ちていた理解が、口まで引き上げられるように。
本当の理解とは、“腑に落ちる”こと。
それは、頭だけじゃなく、身体の感覚も巻き込んでくるものなのです。
「わかってるつもり」は、ある意味でとても便利です。
聞いたことのある言葉をそれっぽく使えば、「あの人はちゃんと学んでるな」と思ってもらえることも少なくありません。
理解しているフリをすれば、傷つかなくて済むことも多いでしょう。
ですが、それではいつまでも言葉が自分の血肉になりません。
特に、「やりたいこと」「自分軸」「幸せとは何か」みたいな、正解のない問いに向き合うときには、自分の言葉で語れるかどうかが、自分の人生をどう舵取りするかを左右します。
わかった気になって進むと、あとから大きく軌道修正が必要になります。
それなら、最初から「私はまだちゃんとわかっていない」と認めたほうが、ずっと健全です。
じゃあ、どうすれば「わかってるけど説明できない」状態を抜け出せるのでしょうか?
答えはシンプルです。
「問い直し」を繰り返すこと。
自分に問いを立てるのです。
具体的には、
・それって、どういうこと?
・なぜそう思ったの?
・それを他人に説明するとしたら、どんな言葉を選ぶ?
・もっと具体的に言うと、どんな場面で起こる?
などなど。
このように、自分の中にある「ふわっとした感覚」を、ひとつずつ言語化していくことが、理解を深めるプロセスになります。
答えが出なくても構いません。
その問いを持ち続けることで、日常の中にヒントが現れてきますから。
それこそ、通勤途中の広告の一言や、SNSで流れてきた誰かの投稿で、「あ、これってあのことじゃないか」と気づけるようになっていきます。
言語化できた瞬間というのは、自分の世界の見え方が少し変わります。
ぼんやりしていた霧が晴れるような感覚。
自分がどこに立っていて、これからどこに向かおうとしているのか、ほんの少しだけ、前に進める感覚。
「ああ、私はこういうふうに感じてたんだ」
「これが、自分にとっては大事な感覚だったんだ」
そうやって言語化できたとき、その言葉は、あなたの中で何度も繰り返され、行動に変わっていきます。
最後に。
「説明できない自分」は、決して劣っているわけではありません。
それは単に、まだ“言葉になる前の感覚”があるということ。
まだ、つかまえきれていない“あなた自身”が、そこにいるということ。
だから焦らなくていいのです。
誰かの言葉を借りながら、自分の体験とすり合わせて、何度も問い直して。
そのうち、ふっと言葉が降りてくる瞬間がやってきます。
そのときまで、どうか「わからない自分」を否定しないでいてください。
言葉にできないからこそ、まだ見えていない“本当の理解”に出会える可能性が、そこにあるのですから。
それでは、今回はこの辺で。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
P.S.

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