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「国権」か「民権」かが問われる時代へ

1 今、政治の対立軸が変わろうとしている

日本の政治体制は、大きな転換期を迎えています。かつての「自民党vs社会党」という「55年体制」から、1993年以降の「穏健な連立政権」の時代を経て、2025年からは「国権重視の連立政権」という第三のフェーズへと移行しつつあります。

ここで注目すべきは、これまでの「保守vsリベラル」という対立軸が、明治時代から続く「国権vs民権」という本質的な問いへと回帰しているという事実です。


2 「国権論」と「民権論」の再定義

あらためて、この二つの概念を整理してみましょう。

<国権論>
明治前半期における国家主義思潮。自由民権論に対して、国家の権力を拡張し、国家の支配こそ強化されるべきだとする立場で、民権運動の衰退に伴い優勢化した。
<民権論>
人民の権利、特にその政治的権利を主張する理論。自由民権運動の時代に盛んに唱えられ、その指導原理となった。自由民権論。                 

(出典:「デジタル大辞林」小学館)

民権論が、人民の権利や自由が保障されて初めて国家の権力が強化・伸張される、としたのに対して、国権論は、国家の権力が強化されてこそ人民の権利や自由が保たれる、と主張するものである。

(出典:「改訂新版世界大百科事典」株式会社平凡社)

国権論は、国家の権力を拡張し、支配を強化すべきだとする立場です。その根底には「国家の権力が強化されてこそ、人民の権利や自由が保たれる」という思想があります。

他方、民権論は、人民の自由や権利が保障されることが強い国家をつくる原動力だという考え方です。「人民の自由や権利が保障されて初めて、国家が強くなる」と考えます。

民権論は、「保守」の中にも深く根ざしたものです。
例えば、自民党の初代総裁・鳩山一郎は「友愛主義」を唱えました。※1

公職追放を受けた鳩山一郎が大きな影響を受けた本にクーデンホフ・カレルギーの『Totalitarian State Against Man(全体主義国家対人間)』があります。鳩山一郎は自らその本を翻訳し、『自由と人生』として出版しました。その本の中に「人間は目的であって手段ではない。国家は手段であって目的ではない」という言葉があります。※2

この視点こそが「民権論」の核心です

自民党の第二代総裁は、軍国主義に抗い「小日本主義」を唱えた石橋湛山でした。※3

石橋湛山は、体調を崩し、短期間で首相の座を降りた後も一貫した姿勢で社会に警鐘を鳴らし続けていました。石橋湛山は、「わが国の独立と安全を守るために、軍備の拡張という国力を消耗するような考えでいったら、国防を全うすることができないばかりでなく、国を滅ぼす。したがって、そういう考え方をもった政治家に政治を託するわけにはいなかい」と強く戒めています。※4

「国権論」に傾いて戦争に突き進んだ戦前・戦中の歴史が、鳩山一郎と石橋湛山の胸には深く刻み込まれていたのではないでしょうか。

しかし、現代において顕在化している平和・安全保障の課題は、政治を再び「国権論」へと強く引き寄せています。

2 平和・安全保障を「民権」の立場から考える

現在、国権重視の連立政権(自民党・日本維新の会)が進めようとしている平和・安全保障の問題を民権の立場から検証する必要があります。

自民党も日本維新の会も憲法9条改正を目指しています。
自民党の改正案は、9条に自衛隊を明記(9条の2追加)するものです。一方で、日本維新の会はさらに踏み込み、9条2項の削除、集団的自衛権の全面容認、国防軍や軍事裁判所の設置を掲げています。※5

2025年10月に交わされた両党の連立政権合意書では、これらの構想を踏まえた条文起草協議会の設置が明記されました。※6

憲法9条改正は、日本の平和主義を大きく転換するものです。まず、戦前の軍部暴走への反省から生まれた憲法9条の歯止めが失われる懸念があります。地球の裏側でも戦争ができる自衛隊になります。アジアにおける軍拡競争の危険、軍事費(防衛予算)の拡大が懸念されます。さらに、国内的には軍法会議や徴兵制が復活する可能性が高くなります。

3 「国権」を象徴する「緊急事態条項」

もう一つの大きな論点は「緊急事態条項」の新設です。改憲推進派は、大震災などで国会が開けない状況を想定し、議員任期の延長や内閣による政令制定権(緊急政令)が必要だと主張します。

歴史を振り返れば、ワイマール憲法下の「国家緊急権」がヒットラー独裁を招き、第二次世界大戦とホロコーストという惨劇に至った教訓があります。また、近年のミャンマーや韓国の事例を見ても、「非常事態」の名の下に行われる権力掌握がいかに民主主義を破壊するかは明らかです。


「緊急事態条項」は、私たちの自由や権利よりも国家を優先するものです。
「国権」か「民権」かが鋭く問われる論点なのです。

4 戦後100年に向けてー「国権」か「民権」かが問われている

戦後100年に向けて、私たちはどのように平和・安全保障の課題と向き合うべきでしょうか。

私は、平和主義を掲げる日本がリーダーシップをとるべき分野は、①「人間の安全保障」の実現、②災害救助等の非軍事分野・平和構築の国際協力、③核のない世界の実現の3つだと考えています。

これらは理想主義ではなく、民権に根差した現実主義の平和・安全保障の処方箋です。

「人間の安全保障」は国際的に「民権」を確立しようとする取り組みです。災害救助は、非軍事分野の国際協力は、民が民を助けるものです。核兵器の戦術使用(限定使用)が議論されている世界において、核兵器を保有していれば「抑止力」になるという考え方はもはや幻想です。核のない世界の実現を目指すことが現実主義的な安全保障の道筋なのです。

憲法9条と緊急事態条項新設の憲法改正がなされれば、日本は民権から国権へと大きく傾きます。そこには国家の維持・発展が目的となり、人間が手段になっていまう危険があります。

「人間は目的であって手段ではない。国家は手段であって目的ではない」

クーデンホフ・カレルギーの『Totalitarian State Against Man(全体主義国家対人間)』
(鳩山一郎訳『自由と人生』

戦後だけでみても、世界情勢、アジアを中心とした本を取り巻く国際環境は常に厳しいものがあります。現実主義の中で平和・安全保障を考えることは、これまでも、そしてこれからも変わらぬ課題です。

国家の権力を強化したら国を守れるわけではありません。

現実主義は軍備拡張とは異なります。

石橋湛山がかつて警告したように、軍備拡張という国力を消耗する道は、国防を全うできないばかりか「国を滅ぼす」ことにつながるおそれがあります。

憲法改正で国権重視に大きく傾けてよいのか。
軍備拡張で国力を消耗していく道でよいのか。
「国権」を重視するのか。
「民権」を重視するのか。

これが今、私たちに問われていることだと思うのです。

以上


※1 自由民主党―自民党の歴史

「鳩山一郎総裁時代」では、「鳩山首相は、不自由な身体をおして全国遊説し、「友愛精神」の政治理念と、日ソ国交回復、独立体制の整備、経済自立の達成などの政策目標を訴えて、いわゆる"鳩山ブーム"をまき起こしました。」と紹介されています。

※2 党人派・鳩山一郎の政治信条

※3 自由民主党―自民党の歴史

「第二代石橋湛山」では「石橋首相は、首相個人の経歴と庶民的な人柄から「平民宰相」と呼ばれ、「一千億減税・一千億施策」を柱とする積極経済政策と、政官界の綱紀粛正、福祉国家の建設、雇用の増大と生産増加、国会運営の正常化、世界平和の確立など「五つの誓い」を発表して、大衆的人気を集めて内閣支持率は高率に達しました。ところが、残念なことに、翌三十二年、新春早々からの全国遊説と、予算編成の激務が原因となって病に倒れ、同年二月二十二日、「私の政治的良心に従う」との辞任の書簡を発表して、政権担当いらいわずか九週間で、石橋内閣は総辞職のやむなきにいたったのです。しかし、このときの石橋首相の責任感にあふれた潔い態度は、ひとり政治家のみならず、一般国民にも深い感銘を与えました。」と紹介されています。

※4 「日本防衛論」(昭和43年10月5日号「時言」、『石橋湛山評論集』(岩波文庫))

※5 「21世紀の国防構想と憲法改正」(2025年9月18日)

※6 「自由民主党と日本維新の会 連立政権合意書」(2025年10月20日)


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