民主主義は「信じる」ことで成立する?ーコテンラジオ「民主主義の歴史編」を聴いて考えたことー

最近、ニュースを見ていて「民主主義が機能していないのでは?」と感じることが増えている。選挙をしても政治が良くなると思えない。分断や対立が深まり、ヘイトや差別的な言説があふれている。

いったい、この状態をどう捉えたらいいのか?そんな釈然としない思いを抱きながらコテンラジオ株式会社コテンが配信している歴史ラジオ)のアーカイブを眺めていたら、「民主主義の歴史編」(SpotifyYoutubeが目にとまった。

アテネの直接民主主義から近現代まで、史実を踏まえて民主主義を問い直す全12回のシリーズからは、数多くの気づきを得ることができた。本記事では、その中でも特に心に残ったこと、民主主義は「制度」以前に「信じる」ことで成立するものである、ということだ。特にルソーが提起した「一般意志」という概念がとても心に残ったので、それを紹介したい。

興味を持ってくださった方はぜひ、コテンラジオのシリーズを聴いていただきたい。


1.民主主義が揺らいでいる?

 このシリーズは、いま、民主主義が機能不全に陥りつつあるのではないか、との問いかけが広がっていることの紹介から始まる。
 このシリーズが制作された2023年当時は、トランプ現象やウクライナ侵攻などが話題となっていたが、今日では日本での参政党の伸長や、差別的言動の増加、イスラエルの非人道的行為など、民主主義の矛盾はより鮮明になっているとも感じられる。

2.「民主主義」という言葉の多義性

シリーズ冒頭でコテンの深井さんが指摘していたのは、「民主主義」という言葉に込められた意味が人によって異なるという点である。

  • 「話し合って決めること」が民主主義だと考える人

  • 「議会で決めること」が民主主義だと考える人

  • 「国民に主権があること」を民主主義とみなす人

など。

そして、私達が「民主主義」に抱いているこれらのイメージは、同時に形成されたものではなく、歴史上、異なる文脈で生まれ、変化してきたものだという。私達がいま「民主政治」と認識しているものはそれらの集合体であることが、シリーズ全体を通じて語られていく。

特にイギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、日本を例に挙げ、民主主義がどのように展開し、定着していったかが丁寧に語られている。

特にドイツでは、当時もっとも民主的と呼ばれたワイマール憲法の下で、ナチス独裁が成立していった。その背景に関する深井さんの洞察は、とても示唆に富んでいた

3.ルソーの「一般意志」という概念

シリーズ中で最も印象に残ったのは、ルソーが『社会契約論』の中で記した「一般意志」の概念である。

私の理解が正しければ、ルソーは、人々が自らの生命・財産・そして自由を守るためには、他者に自らを統治させてはならず、人々が自分たち自身によって統治することが必要と考えた。そしてそのためには「一般意志」に基づいた判断をしていくことが必要だと解いた。

「一般意志」は、個人の利害を示す「特殊意志」とも、それらが集まった「全体意志」とも違う。全体意志はポピュリズムに陥りやすく、場合によっては独裁を望む方向に傾く危険もある(その例がナチスドイツ)。

では「一般意志」とは何か。それは「全体意志」から「特殊意志」を差し引いたものだという。なるほど、集団(国民)共通の願いから、個人や集団の利己的な思惑を取り除くことができれば、賢明な判断ができそうだ。

ただし、それは論理的に導き出せるものではなく、結果として「あれは一般意志が働いた判断だった」と発見されるようなものだともいう。一般意志は、存在を想定しなければ民主政治が成立しない。しかし、それ自体は確たる形を持たない。

話を聴いて、一般意志は「神」のようなものにも感じたし、数学の「虚数」のようなものでもあると感じた。

すると深井さんも言った。「誤解を恐れずに言えば、民主主義は信仰的な要素がある」と。

そしてシリーズでは繰り返し、民主主義とは制度以前に「信じること」で成り立っているということが確認された。

4.日本における「民主主義」の現在とこれから

シリーズの最後では、日本の政治についても語られている。日本は明治以降、欧米に倣って急速に民主主義を導入したが、欧米同様に深く根づいたとは言い難い、と。

その大きな要因としては宗教・習俗的な価値観もあるという。たしかに欧米的な『個人』の『神との対話』を重視する思考様式と、『集団』の『空気』を重んじる日本文化、あるいはアジア的な価値観とは、相容れない部分もある。

そのうえで、深井さんは、一般意志や人権をはじめとする欧米で発達してきた民主主義の概念をより深く理解し実践することと、日本的な価値観の中で生きること、その両方の実践が大切ではないかと言っていて、私もそれに賛同する。

私は、自分と人々の生命と、財産と、自由を守りたいし、日本は制度上も民主主義政治を行っているのだから、これからも民主主義を信じたいと思うし、人々の「一般意志」を探り続けたい。

議員にも、自らの支持基盤や地域の代弁者として振る舞うだけではなく(つまり特殊意志全体意志ではなく)、全町民、県民、国民を代表する存在として「一般意志」を探求する営みを求めていきたい。

その一方で、欧米的な価値観だけを原理主義的に掲げてもうまくいかないことには留意しておきたい。また、現代の代表制そのものに限界もあるだろう(ルソー自身も代表制民主主義には懐疑的であったという)。

5.不安の時代だからこその、試行錯誤を

もう一つ、今回のシリーズでよくわかったのは、不安が民主主義を脆くするということであった。ドイツがナチスを生み出した背景には、第一次世界大戦後の莫大な賠償金や、世界恐慌に経済不安があった。

現代の日本も、世界も、不安に満ちている。こういうとき、人々の関心は「特殊意志」「全体意志」に向かってしまいがちだ。
そして「一般意志」を希求することができなくなると、分断や争い、そして戦争(あるいは内乱)へと向かっていく。そのことは、シリーズで語られた歴史も示していた。そして今、私達はその流れの中にいると思う。

民主主義は最善の統治機構でもないと思うし、完成されたものでもないと思う。
しかし、数百年をかけ、失敗を重ね、命を賭け、改良されてきた統治手法ではある。
今を生きる私たちも、その試行錯誤の道の中にあるのだろう。

だから、いま、うまくいかないからと簡単に放り出すのは安直ではないかと思う。
人々は対立や分断を乗り越え、賢明な道を見つけ歩むことができると信じること。過去を見つめ、試行錯誤を続けること。
それが、先人から託され、未来を生きる人々にも責任のある、私たちが果たすべき役割ではないかと思う。

ーーというわけで、改めて、コテンラジオの「民主主義の歴史編」に興味が湧いた方は、ぜひ、聴いてみてください!SpotifyYoutube

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