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誰も悪くない。神社で、可愛い子供、孫の幸せを願う前にやることはないのか?

誰も悪くないと思えた日

誰も悪くない。

神社で、可愛い子供、孫の幸せを願う前に──
やることはないのか?

今日もキーボードを打っております。

打っていて気づいたのは、自分の脳の回転が早く、キーボードの打つ速さがそれに合わず、それでも早く打とうとしてしまう自分がいるということ。
だから、ゆっくり、焦らず打とうと思っています。

筋トレも1年続けたところで、そんなに筋肉のつき具合が劇的に変わるわけでもない。
それは自分が、自分の身体に興味がないだけなのかもしれません。
けれど周りからは「えらい筋肉してるな」って言われることもある。

キーボード練習も、そんな感じで毎日ゆっくり練習して、いつの間にか自分自身に誇れる自分であれれば、それでいいと思っています。


今日、「誰も悪くない」──そんな言葉がふと浮かんできました。

最近、日本が終わっていく姿を見ると、悲しくなる自分がいます。
増税、増税。
そのことに、なぜ関心が向かないのか?

SNSには、本来発信するべき人たちが発信していない。
子供、孫がいる世帯が、海に行った、料理が美味しかった、この旅行が楽しかった、などの投稿ばかり。

波風立てたくないのは分かる。
でも、今はそんなことを言っている場合じゃなく、どんどん日本が終わっていく姿を、メディアを見れば一目瞭然だと思う。


その世の中を、誰よりも「可愛い」「不自由なく暮らしてほしい」と思って、神社にお参りに行っている人もいると思います。

でも──
本当にそれは効果あることなのか?
本当にやるべきことは、そこなのか?
本当にどうにかなると思っているのか?

その「どうにかなる」根拠を、知りたい。
「日本だから大丈夫」「平和だから大丈夫」──そんな楽観論の根拠は?

逆に、「どうにもならない」根拠は、考えればいくらでもある。
増税、物価高騰、30年間賃金が上がっていない現実。
データを振り返れば、日本がこれから潰れていく可能性は、いろんな視点から見えてくる。

それでも、なぜ少しでも「周りの人に伝える」とか、「SNSで応援している人にいいねを押す」とか、「少しでも気になっていることを発信してみる」とか、そういう行動をしないのか?


あなたは、いつまで“窓際族”でいるんだ?

なぜ「いつか変わったらいいねー」と神社で祈ってる?

そこには本当の神がいないことくらい、リサーチしたら出てくるのに──
それさえしない。

いつまで“他力本願”なんだろうと、思ってしまう。

でも──
そんなことを考えた最後には、また「誰も悪くない」という言葉に戻ってくる。

みんな、それぞれ自分の持っている知識を振り絞って生きている。
悪気があるわけでもない。
ただ、そうせざるを得ない世の中で生きているだけ。

子や孫に引き継げない世の中だって、心の中ではみんな知っている。
でも、どうしていいのか分からない。

今まで教えられてこなかったし、そんな教育なんてなかった。

それは、自分で考え続けないと辿り着けない領域。

そんな世の中で日々暮らしていたら
「どうにかなる」
「誰かがやってくれる」
「神様が見てくれている」
そう思ってしまうのも、ある意味当然なのかもしれない。


この世の中をつくったのは誰なのか?
あなたには、責任はないのか?

僕は深海の深さを知らない。
でも──
いつも、もがき苦しんで生きている。

もし、あなたがそれを望むなら。
その苦しみを、引き受けようと思う。

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