輪廻転生・カルマと最先端科学② ~アカシックレコードとホログラフィック理論~
以前の記事では、ホログラフィック理論を紹介した。私たちが住む世界はホログラフィー技術と同じ原理であり、私達が住む三次元の空間は、はるか遠くの二次元の巨大な平面に記録された情報が映し出されたものと考えるのがホログラフィック理論である。この理論によると、その二次元平面の情報と三次元空間で発生する出来事は完全に等価であり、はるか遠くの巨大な平面に、量子場や物理法則が記述されていることになる。
このホログラフィック理論は、天才物理学者と呼ばれたスティーブン・ホーキングが、ブラックホールのエントロピーという情報量が、三次元の空間の体積ではなく、二次元の平面の表面積で決まることを、数学的に証明したことをきっかけに生まれた理論である。
それでは、私達が住む三次元世界を記述・記録している二次元平面がどこか別の次元に存在したとして、その情報にアクセスして、読み取ることは可能なのだろうか。今回は「ヴァージニア・ビーチの奇跡男」と言われ、医学的透視で何百人もの病気の治癒をもたらしたエドガー・ケイシー(1877-1945)の透視の実例から、超常的事例と最先端の科学について考えてみたい。
1.エドガー・ケイシーの医学的透視能力
エドガー・ケイシーはアメリカのポプキンズビルという小さな町で生まれた。大学は出ておらず、医学の知識はなかったのだが、医学的透視で何百人もの病気の治癒をもたらしたという。ケイシーは催眠状態になると医学用語をつかって難病の治療法を語った。しかも、その診断は目の前の患者だけでなく、数千マイルも離れた場所にいる患者に対しても、驚くほど正確に行われたという。
哲学者・心理学者のジナ・サーミナラ博士は、エドガー・ケイシーの持つ透視能力の研究を行い、ケイシーの医学的透視の実例を紹介する書籍を出版している。以下に一つの事例を引用する。
アラバマ州のセルマの一少女の場合である。この子はどうしたわけか理性を失って精神病院に入れられていた。その子の兄が非常に心配してケイシーの助けを求めたのである。ケイシーは寝椅子に横になると、二、三回深呼吸をして眠りにおちた。やがて件の少女のからだを診断するようにとの指示が術者によって与えられた。二、三分すると、すべての彼術者がそういわれたときにするように、彼はしゃべり始めた。だが、大かたの催眠術の被術者とちがって、あたかもレントゲン写真を手にしているかのように、気の狂った少女のからだの状態を説明した。ケイシーは、少女の親知らずが一本歯ぐきに喰いこんでいるので、それが脳神経を侵している、この歯をぬけば故障は治り少女は正常にもどると言った。口腔内のいわれた場所を調べてみると、まごうかたなく歯ぐきに埋没した歯がみつかった。そこで適切な歯科治療がほどこされ、少女は完全に正常に復したのである。
このような治療事例が1回だけ起こったというなら、偶然の一致で済ませることもできるかもしれないが、ケイシーの医学的透視によって治癒がもたらされた類例は数百件にも及ぶため、特殊な透視能力の存在は否定できない。ケイシーは、数多くの診療を行った際に、どの場合にも非常に具体的な治療を指示したというが、ヴァージニア・ビーチのファイルには、ケイシーから影響を受けた3万人以上の人々の記録が残されており、これらの書類はケイシーの透視能力の真実性を示す証拠である。
2.ケイシーの透視能力の発見
ケイシーはアメリカのケンタッキー州の百姓の家で生まれた。田舎の学校に9年まで通ったが、それ以上の教育を受けられる境遇ではなく、町に映って就職した。21歳の時に咽喉炎にかかり声が出なくなっってしまい、1年ばかり両親の家にこもり、不治と思われた病に絶望して過ごした。その後、あまり声を使わない職業である写真屋に就職した。その頃に出会ったレインという男性の催眠術によって、ケイシーの透視能力が発見された。レインは暗示療法を研究しており、催眠術者としての才能も幾分かあったが、ケイシーの咽喉の病気に催眠術を試してみたいと申し出たところ、どんな方法でも声を出せるようにしたかったケイシーは承知した。そこで、催眠状態のケイシーに病気の性質を述べさせたところ、驚くべきことに、ケイシーは自らの病状を的確に分析して、不治の病と思われていた病気を治してしまったのである。その時の様子を、サーミナラの著書から引用する。
彼は普通の声を出して彼自身の声帯の状態を説明しはじめた。「はい、われわれはからだが見えます。(彼はそのとき以来、つねに私でなくわれわれという複数を用いた)普通の状態ではこのからだは話すことができません。神経の歪みによって世帯の内部筋肉の一部に麻痺が生じたのです。これは精神状態が肉体に影響を及ぼしたのです。無意識状態にしておいて暗示で患部の血液の循環をよくすれば治るでしょう」
さて、レインはケイシーに、血液が患部に充分に流れれば病状はよくなるだろうと暗示した。するとケイシーの胸の上部と咽喉は次第に桃色に変わりはじめ、それがさらにばら色や紫紅色に変わっていった。20分間ばかりすると、眠っていたケイシーは咳ばらいをして、 「もう治った。麻痺はとれた。血液の循環はもとどおりになるから、そうすればからだに活気が出てくるという暗示をかけて下さい」と言った。レインはいわれるとおりの暗示を与えた。ケイシーは眼をさまし、一年ぶりで普通の声で話すことができた。
レインはこの時に、ケイシーは自分の体の状態を診断できるのであれば、他人の体も診断できるのではないかと思い、胃病で悩んでいたレイン自身を診断してもらった。ケイシーは催眠状態に入ると、レインの体の内部の状態を述べ、治療法を指示した。レインは指示通りの治療法を実践したところ、状態が明らかに良くなった。
このようにして、ケイシーの催眠状態での透視能力が発見されたのである。そして、レインはこのようなケイシーの透視を「リーディング」と呼んだ。
3.ケイシーの前世の透視能力
ケイシーの医学的透視により不治の病と言われた病気が次々と治ってゆくという事実によって、透視能力が実在する証拠が無数に生み出された。これだけの医学的な透視ができるのであれば、ケイシーは医学以外の分野でも透視できるのではないかと思うのは当然であろう。その点に興味を持って、ケイシーに医療以外の透視を依頼したのが印刷業者のアーサー・ラマースであった。ラマースは、ケイシーの透視能力は、複雑な臓器などの作用よりも、もっと普遍的で意義ある問題に解答を与えることができるのではないかと考えた。例えば、人間の存在目的や霊魂不滅の教義などの問題である。ケイシーと出会った当時、ラマースは占星学に興味を持っていたため、1923年10月にホテルで横たわったケイシーに対して、ラマースの体の内部ではなく天宮図を読んでほしいという暗示を与えた。そして、そのリーディングの終わり間際に、ケイシーは「彼は僧であった」と述べた。博識で様々な学説に通じていたラマースは輪廻転生の思想も知っていたため、ケイシーは人の前世も透視することができるのだと思い、興奮したという。この件をきっかけに、ケイシーは過去生のリーディングも行うようになった。
それまでの体に関するリーディングは「フィジカル・リーディング」と呼ばれ、前世に関するリーディングは「ライフ・リーディング」と呼ばれるようになった。
ケイシーは長年にわたるフィジカル・リーディングでの実績があったので、ライフ・リーディングについても、真実を語っているのであろうと考えるのが合理的であるが、ライフ・リーディングにおいても、ケイシーは正確な描写をした。以下にサーミナラの著書から例を挙げるが、ケイシーが依頼人の前世の名前や職業などを語り、その記録が本当に存在したという事例である。
リーディングは通常、前生でその人がもっていた名前を正確に言うが、ある場合には前生におけるその人の記録はどこに行けば見つかるか――たとえば本とか古い何かの書類とか墓石とか――をつけ加えることもある。おそらくそのもっともよい例は、その前生の名前はバーネット・ジーといって南北戦争の時に南部の兵隊だったと言われた人の場合である。この人はそれ以前にはヴァージニアのヘソリコ郡に住んでいたこともあり、このときの記録はさがせば見つかるだろうと言われた。さっそく機会を見つけてわくわくしながらヘンリコ郡に出かけてみると、目ざす記録はそこにはなかったが、戸籍係の書記がそこの古い書類は最近ヴァージョア国立図書館の古記録部に移管になったと言った。事実彼はついにこの図書館の古文書のなかにバーネット・シーなるものの記録を発見したのである。そこには、1826年21歳のとき旗手としてリー陸軍に入隊、と記してあった。
ライフ・リーディングでは、職業の適性に関してのリーディングも非常に正確であった。また、事例を一つ紹介する。
リーディングは、彼女が通信技手をしていることは時間の浪費であると言った。なお彼女の前生は数回とも有能な芸術家だったので、今度も成功するであろうから商業美術を勉強するようにというのだった。商業美術にしろその他の美術にしろ、およそ芸術にたずさわることなど彼女には思いもよらぬことであった。しかし物はためしと美術学校に入った。すると驚いたことに、彼女に本物の才能があることが発見され、まもなく商業美術家として非常に成功し、たまたまその途上性格さえも変わってしまったのである。
このようなケイシーのリーディングは、依頼者がどこか遠くの場所にいても可能であった。依頼者の氏名・生年月日・出生地が分かれば、その人の持つ才能と欠点をあげながら、それらが前生のどこで種をまかれたかを説明し、しかも正確な性格描写を行ない、その人がどんな環境にあるかについても述べることができた。
4.アカシックレコードと最先端科学理論
ケイシーがこのように無数の人々の才能や多種多様な人々の環境までも言い当てたことや、医学的透視によって何百人もの治癒をもたらしたことは、透視能力の実在を証明するものであったが、ケイシーは一体、何を見ていたのであろうか。この点について、ケイシーがリーディングで語ったのは、情報の源は二つあるという。一つは依頼者個人の無意識的な心である。もう一つは「アカシァの記録」、つまりアカシックレコードと呼ばれるものだという。アカシァはサンスクリット語であり、綴りは「Akashia」、形容詞は「Akashic」であるが、ケイシーの説明は以下のとおりである。
アカシァとはサンスクリットで、その構成が電気的霊的であるところの宇宙の根本的なエーテル的実体のことである。このアカシァの上に宇宙はじまって以来のあらゆる音、光、運動、想念などの記録が印象されたまま消えずに残っているのである。この記録があるから透視者や占者たちが過去を見ることができるのである。
アカシックレコードという概念は、この記事の冒頭で述べたホログラフィック理論と親和性がある。ホログラフィック理論では、私達が住む三次元の空間は、はるか遠くの二次元の巨大な平面に記録された情報が映し出されたものと考える。理論的には、どのような空間領域でも、そこで発生する物理現象を記述するために必要な情報は、平面上のデータに完全にコード化することが可能なため、ケイシーが言う宇宙はじまって以来の音、光、運動、想念などの記録は、二次元に記録されている可能性もあるだろう。以前の記事で述べとおり、最先端の量子力学や宇宙物理学は、超常事例と言われてきたような現象と親和性のある理論を提供している。
5.輪廻転生とカルマ
以前の記事では、日本一の発明家と言われた政木 和三が体験した輪廻転生・カルマの事例を紹介した。ケイシーも輪廻転生・カルマについて、膨大な数のリーディングを行った。以下に一つ事例を紹介する。
45歳になる婦人で、この人は法律家の妻で3人の子供の母親だが、36歳のとき小児麻痺にかかり、それ以来歩行不能になってしまった。彼女の生活はすべて車付の椅子のなかでいとなまれている。家の一個所から他のところに行くにもまったく人手にたよらなければならない。リーディングによれば、このカルマの原因は古代ローマにおけるこの人の行ないにあるとのことだった。彼女はその当時王族の一員で、ネロと緊密に提携してクリスチャンを迫害したのである。「この人は闘技場で足が悪くなった者に嘲笑をあびせかけた。だから見てごらん、それと同じことが今度は自分の身に起こっているのだ」リーディングは言うのであった。
このケースは、悪行を罰するためのカルマ、いわば負のカルマの事例であるが、前世の努力に対する報いとしてのカルマ、すなわち正のカルマは存在するのだろうか。ケイシーのリーディングによれば、明確にある。以下に一つ事例を紹介する。
ニューヨークで成功している作曲兼編曲者も同様に、多彩な、しかし現在の職業と関係のある前生をもっていた。彼は最初、ニューヨークで教師をしており、学校のカリキュラムの一つとして音楽のクラス、歌のクラスを設立した。第二はドイツの木彫工で、このときはもろもろの楽器をつくった。第三はカルディアのネブカドネザル王の道化師、第四はアトランティス人で、エジプトに行き神殿の礼拝の楽士として活躍した。彼がいま楽器の形や仕上げや完璧な調子に関心をもっているのは、明らかに木彫工の経験に由来している。滑稽なことや機智に対する理解力やセンスは宮廷道化師としての経験から来ており、彼の本来の音楽家としての才能は音楽家をしていた二回の前生から来ていた。
このケースは、前世の建設的な努力が実って作曲兼編集者として成功したという事例である。つまり、生が連続的なものであるという前提に立てば、努力には必ず意味があるということになる。この点に関して、サーミナラの意見を紹介する。
輪廻の概念によるならば、いかなる努力もけっして無駄にはならないのである。もしカルマが犯した悪業を罰するのに公平な厳格さをもって臨むならば、それははらった建設的な努力に対して酬いるにも同等の公平な厳格さをもってはたらくはずである。この重要な事実を認識するならば、絶望などというものは事実上あり得ないことを悟るようになるであろう。いかなる瞬間にも自分自身の未来を創造しているのであり、その未来の基礎を築いているのである。
ケイシーのリーディングでは、時々はっきりと、人は生の最後の瞬間まで建設的でなければならないと説いていたという。サーミナラの考えでは、この輪廻の概念からは、以下の重要な結論が導かれることになる。
まず第一に、老年という人生の終末期を、あきらめとか無気力という感情で過ごす必要はない。建設的な努力に対して報いがあるのであり、生が連続的なものであるならば、老年期の努力も、来世の能力の向上につながるからである。
次に、他人への羨望というものは不必要な感情である。他人をうらやむのは、人がある能力を持っているのは過去に努力したからであるという事実を知らないからである。能力、美、愛などにおいて、他人が所有しているものは、それを手に入れるために必要な努力をすれば、自分のものになる。
以上がサーミナラの意見であるが、輪廻転生により生が連続するのであれば、サーミナラの言う通り、老年期の努力にも意味があり、他人への羨望という感情も不必要であろう。ケイシーのリーディングのファイルには、ケイシーが老年期の人に能力の向上のための助言をした事例が数多くあり、例えば、以下のような事例である。
・定年退職に近い年齢の警察官に対して、なお刑事として役に立つように化学の勉強をすすめた事例
・63歳の女性に対して、長年やっていた花屋を続けるだけでなく、物を書く能力を身につけるようにアドバイスをした事例
・別の63歳の女性に対して、若い人の将来の身の振り方の世話を積極的に手伝うように言った事例
人の才能は全て、その人が自ら稼ぎとったものであり、一つの人生から次の人生へと持続することが真理であると悟れるのであれば、他人への羨望は不要であると理解できるであろう。他人への羨望から悪意や憎悪、恨みなどの卑しい感情を抱くことは悪いことであり、自分自身をしのぐための努力が重要であると分かるであろう。
世の中には到底、実現できそうもない夢だと思いながら、なお青年時代に抱いた何らかの夢にあこがれ、追い求めている無名の人がたくさんいるが、これもカルマの連続という観点から考えるならば、努力は後の人生に引き継がれて役立つということになる。今は無名な絵描きの人が、今生では懸命な努力が実らず、地域のコンクールの賞ももらえなかったとしても、生まれ変わった後の人生では、前世の努力が下地となり、世界に名をはせる有名画家になっているかもしれない。大切なことは、あらゆる才能は全ての人間の手に届くところにあると考え、能力を向上させることなのであろう。
6.人生は有目的的なもの
それでは、輪廻転生・カルマの意味とは何であり、私達はどのような目的で人生を歩めば良いのであろうか。その点について、サーミナラの意見は以下のとおりである。
ケイシーのリーディングは特に科学と宗教との総合を成就するものである。倫理的な世界も、物質を支配する因果の法則と同じものに従属していることが証明されたのである。 人間の苦しみはたんに物質的な不運に原因があるばかりでなく、むしろ行為や思考の誤りに原因があることをリーディングは明らかにした。人間の誕生や人間の能力にある不公平は造物主の気まぐれや遺伝の盲目的なメカニズムから生じているのではなく、個人の過去の行為の功罪から生じているのである。あらゆる苦痛や不自由は教育的な目的を有している。不具や災難は道徳的な原因を有している。あらゆる人間の苦悩は智慧と完成を目ざす長期大学における教訓なのである。
サーミナラが言うように、人間の誕生や人間の能力にある不公平は、個人の過去の行為の結果であり、あらゆる苦痛や不自由は教育的・道徳的な目的があるのであろう。人の人生が一度しかないと考えるのであれば、何をやっても良いということになるが、現世の功罪によって来世が変わると考えるのであれば、正しい生き方とは何かを考え、行動しなければいけない。その意味では、輪廻転生・カルマという概念は、人間の倫理観・正義感にかなうものである。そして、輪廻転生・カルマという仕組みが存在しているのであれば、人生は人間性の向上を目指す有目的的なものということであろう。
そして、人生が道徳的・教育的な目的を有しているのであれば、私達の身に起こる出来事は全て偶然ではなく、必然ということになる。したがって、ある人に起きた出来事は、本人にとって、どんなに嫌だと感じられることであっても、本人にとってはベストなことであるはずだ。そうであるならば、幸福だと感じる出来事が起きた時も、不幸だと感じる出来事が起きた時も、その出来事は自分にとって道徳的・教育的な意味があると考え、何事も肯定的に考えるプラス発想で生きていくのが良いのだろうと、私は思っている。
※参考文献
「転生の秘密」ジナ サーミナラ (著)、多賀 瑛 (訳)
「エレガントな宇宙」ブライアン グリーン (著)、林 一 (訳)、林 大 (訳)
「THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙」アンドリュー・ポンチェン (著)、竹内薫 (訳)
「宇宙を織りなすもの(上)・(下)」ブライアン・グリーン (著)、青木 薫 (訳)
「ブラックホール戦争」レオナルド・サスキンド (著)、林田 陽子 (訳)
「隠れていた宇宙(上)・(下)」ブライアン・グリーン (著)、竹内 薫 (監修)、大田 直子 (訳)
「われわれは仮想世界を生きている」リズワン・バーク (著)、竹内薫 (監修)、二木夢子 (訳)
