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「やりたいことがない」と焦っていた僕が、女川の町で変わり始めた2カ月半【在学生インタビュー】

「本当にやりたいことってなんだっけ?」

ふと立ち止まると、そんな問いが生まれてくることがあります。

大学受験に落ちて「自分がやりたいことがない…」と気づいたという蒼介さん。でも、「ないなら色んな経験をして見つけに行けばいい」とさとのば大学を選択しました。

今回は、離島出身の蒼介さんが宮城県女川町に飛び込み、シェアハウスでの葛藤や町での活動を通して、自分だけの『願い』に気づき始めるまでの2カ月半のストーリーをお届けします。

石田 蒼介さん │ さとのば大学1年生
島根県・隠岐諸島の「海士町」出身。地域探究や地域留学で有名な隠岐島前高校で高校時代を過ごす。今年4月からは宮城県女川町に滞在し、さとのば大学と通信制大学のダブルスクール生活をスタート!

進路への焦りと、不合格だった大学受験

島根県の離島・海士町で育った蒼介さん。隠岐島前高校は、全国から地域探究を志す生徒が集まる学校です。

「島外から来た子の熱量の差はすごく感じました。田舎だなぐらいにしか思ってなかった自分の地元で、ギラギラしてアクティブに活動してるのを見て、自分も感化されて、一緒に夢中になれた3年間でした」

本当に楽しかった一方、進路の面では焦りも

「周りはプロジェクトや関心がそのまま進路に結びつく人が多い中で、自分はそれが一切ないことに焦ってました。」

悩んだ結果、芸術系大学を目指すことに。舞台照明のインターンにも行ったり、準備をして受験しましたが、結果は不合格。

「最初はすごくショックだったんですけど、すぐに気持ちの整理もついて。むしろ本当にやりたいことだったんだろうかって考えた時に、いや、そうでもないな、だからあんまり悔しくないんだって思ったんです。

それで、ようやく自分のやりたいことなんだろうっていうのを改めて考えたんですけど、これっていうのが本当になかった。」

これからどうしよう。年末年始の間、就職やアルバイト、浪人などあらゆる選択肢を並べて考えました。

やりたいことはない僕でも、「色々やってみたい」は確かにある。

そんな時、担任の先生から「合ってるんじゃない?」と言われたのが「さとのば大学」。1~2年生の頃に名前だけは聞いたことがあったけど、当時の印象は「ちょっと怪しい」だったと正直に教えてくれました(笑)。

「何がやりたいとかはないけど、いろんなところに住んでみて、いろんなことをやってみたいなっていう思いは自分の中にあるなって。」

一番熱を持ってさとのばを推してくれた、信頼できる担任の先生の存在。そして、オンラインで参加したさとのば生の発表会。それが背中を押したそうです。

女川での新生活。気づけばカレンダーはびっしりだった4月。

4月、留学先である宮城県女川町にやってきました。

「震災から復興して若い人たちが立ち上がってきた町なんだな」くらいのイメージで来たら、実際の女川は活気にあふれていて面白い人がたくさんいるし、駅前や商店街に施設やお店も集まってるから、「なにもない」なんて感じることは全然ありませんでした。

入学前は「地域にどうやって馴染めるのか…」と不安に思っていました。でも、そんな不安は忘れるほど、地域とのつながりは一気に広がりました。

「入学式のときに軽く自己紹介として『三味線やってたんです』って言ったら、『じゃあミュージックシャワーに出てみよう』って、その場でイベント出演が決定しました(笑)。4月はもう気づいたら予定が埋まっていて、今まで人生の中でこんなにびっしりな手帳は見たことはなかったです。

夏の盆踊り大会には、さとのば生恒例で企画段階から参加。「ステージパフォーマンス部会」に入り、役場や電力会社の方など社会人と混ざり合いながら、企画を動かしています。

平日の午前中はさとのばの講義、午後は放課後児童クラブでインターンする日も。休日は新しく始まった女川産の「銀鮭」をPRする飲食店でアルバイトしたり、ドライブしてお気に入りスポットを探したりもしています。

「当たり前」が崩れたシェアハウス。価値観のズレを乗越える

順風満帆のようにみえる新生活ですが、もちろん壁もありました。

あまりの目まぐるしさに、「疲れちゃって、余裕がどんどんなくなっていった」時もありました。今は意図的に空けておく時間を確保して、一人になったり、頭の整理をするように工夫しています。

さらに、初めてのシェアハウスで経験する葛藤もありました。

「入学前からシェアハウスってどうなるんだろうって漠然と不安はありました。実際住んでみると、洗い物ひとつ取ってもこだわりがあったり。

『自分にとって当たり前だと思っていることが、人からしたら全然違うんだ、価値観が本当に違うんだな』っていうのが分かった上で、今はどうやってみんなで暮らしていこうかっていう土俵に立てた感じがします。」

5月末、みんなで話し合う場を設けたことで、モヤモヤを溜め込まずに意思表示をする大切さに気づきました。

初めての経験の中で壁にぶつかりながらも、早起きして仲間とワールドカップを観たり、一緒にご飯を食べたりする時間は、「本当に楽しい」と新生活を語ります。

「マイプロするための大学」じゃなかった。

「さとのば大学=マイプロジェクトをする大学」というイメージが大きかったという蒼介さん。

「マイプロを進めるためのインプットがあって、『はい、やってきて』って感じだと結構ハードル高いな…って、ちょっと不安もありました。」

でも、実際の講義は違いました。思考法、プロジェクトマネジメント、予定の管理の仕方など、細かくステップを踏んで地に足をつけ、自信をつけさせてくれるカリキュラム。今取り組んでいるミニイベント演習の課題も、地域の人に声をかけ、つながりを生む、ちょうどいい口実になっています。

2ヶ月半「さとのば」の環境に身を置いて生まれた、マイプロに対する意識の変化もありました。

「入学前に先輩の発表を見て、あんなふうにマイプロをできるようにならなきゃいけないのかもって思ってたけど、実際には急かされて『やらなきゃ』みたいなことはなかった。

みんな本当にそれぞれ願いがあって、自分の周りとか地域を良くしたいとか、それを叶えたいからやった結果、マイプロになってるんだって最近すごく思います。そこが入学する前と今とで変わりました。」

女川町では「さとのば生」の存在が驚くほど浸透していて、「さとのば生です!」と言うだけで会話が弾みます。その土壌のありがたさを感じつつも、今年は9人の1年生が同じ地域にいるからこその「次のテーマ」を見据えています。

「やっぱり石田蒼介、個人として覚えてもらって、いかに関わっていけるかも大事になってくるなって思ってます。」

さとのば生が関わる人の多くは、地域にいる多世代の人々。一人の人間として関わるからこそ、深い関係性が育まれていきます。

「なんとかする」じゃなくて「なんとかなる」と今は思える。

女川での濃厚な2ヶ月半を経て、少しずつ心持ちが変わってきました。

「挑戦してみる!と決めたものの実際は不安でした。でも今は『自分でもできる、なんとかなるんだ』って思えてる。ちょっと自信がついたっていうのがやっぱり一番の変化でした」

共に女川に暮らす同級生は、それぞれ違う興味関心を持ちながらも、お互いのプロジェクトを手伝い、応援し、発破を掛け合える最高の仲間。そんな仲間の存在も変化を後押ししています。

進路に迷う人へ。どう生きたいか分からない人ほどおすすめの理由

蒼介さんに、これからの1年でどうなりたいか、そして今進路に迷ってモヤモヤしている高校生へのメッセージを聞きました。

「やりたいことは今もずっと探してる最中なんですけど、女川で暮らす中でで、ここが困りごとかなってところに目を向けて、アクションできる人になりたいなって思っています。

やりたいことは、いきなり答えが見つかることはないし、考えが巡ることがあってもそれ自体無駄な時間ではないと思います。だから今、他の大学では味わえない大切な時間を過ごしてると思っています。」

「自分は何者なのか、どう生きていたいのかわからない、そんな人ほどおすすめの進路です。一緒に漂っていきましょう!」

入学式で蒼介さんが発表したbeの肩書き(在り方)は「漂うことで自分を大切にできる俳人」。まだやりたいことは見つからなくても、旅をするように動き回り、様々な自分に出会うチャンスを探したい。もう焦ることなく、その道自体を楽しむ蒼介さんの姿がありました。


夏のオンラインオープンキャンパスでは、蒼介さんをはじめ、在学生がリアルなさとのば生活をお話します。ぜひお気軽に覗きに来てくださいね。
https://satonova.org/archives/events/informationsession

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