【オーストラリアから日本へ里帰り出産】外国人夫と迎えた、日本での出産体験|準備から出産、助産師さんとの忘れられない思い出まで
「日本で産むべきか、それともオーストラリアで産むべきか。」
妊娠がわかってから、何度も夫婦で話し合った。
慣れたオーストラリアで出産する安心感もある。
でも、日本には家族がいる。
初めての出産だからこそ、母のそばで産みたいという気持ちも大きかった。
悩んだ末に選んだのは、日本への里帰り出産。
そして今振り返ると、この選択は私たち家族にとって最良の決断だったと思う。
もちろん、不安がなかったわけではない。
夫はオーストラリア人。
日本語はまだ勉強中。
出産は何が起こるかわからない。
もし陣痛が予定より早く来たら。
もし夫が間に合わなかったら。
そんな不安を抱えながら、出産予定日を迎えようとしていた。
※長文となっているため、読み飛ばしたい方は
「今だから思う、里帰り出産で準備してよかったこと」
「日本とオーストラリアの出産で感じた5つの違い」をクリックしてください。
出産予定日の2週間前。ようやく夫が日本へ
夫が日本に到着したのは、出産予定日の約2週間前。
約2か月ぶりの再会だった。
毎日テレビ電話をしていたので顔は見ていた。
それでも、空港で実際に会った瞬間、「やっとここまで来た」と胸が熱くなった。
実は夫が来るまで、私はほとんど散歩をしていなかった。
母の家系は早産。
妊娠中の症状も、祖母や母とよく似ていた。
歩くことで陣痛が始まり、一人で病院へ向かうことになったらどうしよう。
そんなことばかり考えてしまい、必要以上に慎重になっていた。
今は、夫が隣にいる。
その安心感だけで、ようやく心が軽くなった。
離れていても、夫は出産の準備をしてくれていた
シドニーと日本。
離れて暮らしていた、約2か月。
夫は毎日テレビ電話を欠かさなかった。
それだけではない。
日本へ来る前に、『たまごくらぶ』のパパBOOKを読み、立ち会い出産について勉強してくれていた。
「陣痛」
「胎盤」
「助産師」
「看護師」
「病院」
出産で必要になりそうな日本語を、一つひとつ覚えてきてくれた。
「全部理解できるわけじゃないけど、少しでも君の力になりたい。」
そう言ってくれたことが、今でも忘れられない。
慣れない日本語を一生懸命覚えてくれたことが、何よりもうれしかった。
最初にしたことは、日本での運転練習
夫は国際免許を取得して日本へ来ていた。
実家は地方。
もし日中、夫と私2人だけの時に陣痛が始まったら、病院まで車で送ってもらうためだ。
オーストラリアも日本も左側通行なので、その点は安心。
けれど、日本の道路は夫にとって想像以上だった。
細い道。
住宅街のすれ違い。
交差点ごとにあるカーブミラー。
「日本の道って、本当に細いね。」
「イタリアみたいだ。」
そう驚きながら慎重にハンドルを握る夫の姿が、少し微笑ましかった。
何度か病院まで運転し、本番に備えて道順も確認した。
また、入院中は病院に通わなければならない。
自由度を上げるためにも、夫にとっていい選択だった。
病院の下見も、夫婦で一緒に
病院へ行くたびに、夫にも一緒についてきてもらった。
受付はどこなのか。
夜間入口はどこなのか。
車はどこへ停めるのか。
もし私が話せないほど痛くなったら、夫だけでも動けるように、一つひとつ確認した。
看護師さんや助産師さんにも夫を紹介し、
「外国人の夫です。よろしくお願いします。」
と伝えておいた。
そして、夫と一緒に何度も練習した日本語がある。
幸い、夫は日本語が少し話せる。
困ったときには、
「どうしたらいいですか?教えてください。」
短い一文だけれど、この言葉を覚えているだけで、夫も少し安心したようだった。
毎日1万歩。夫婦で迎えた最後の二人時間
夫が来てからは、それまでが嘘のようによく歩いた。
一日1万歩を目標に、毎日散歩。
もう「一人じゃない」と思えたからだ。
ちょうど桜が満開の季節。
近所の公園へお花見に行き、ゆっくり写真を撮った。
焼肉。
ラーメン。
牛丼。
「日本に来たら食べたいね。」
そう話していたものを、一つずつ楽しんだ。
赤ちゃんが生まれたら、しばらく夫婦二人でゆっくり外食することは難しくなる。
日本で暮らしたことがない夫にとっても、日本での生活を知ってもらえるいいきっかけとなった。
今思えば、あの時間は赤ちゃんが私たち夫婦にくれた最後のデートだったのかもしれない。
今だから思う、里帰り出産で準備してよかったこと
これからオーストラリアから日本へ里帰り出産を考えている方へ。
実際にやっておいて良かったことをまとめると、この5つだった。
* 国際免許を取得しておく
* 病院まで何度か運転してみる
* 夜間入口や受付の場所を確認する
* 出産で使う日本語を少し覚えておく
* 夫婦でたくさん歩いて体力をつける
どれも小さな準備だけれど、本番では大きな安心につながった。
そして何より、「一緒に準備した」という時間そのものが、出産への不安を少しずつ安心へ変えてくれたのだと思う。
想像していた出産と、実際の出産はまったく違っていた
いよいよ、その日がやってきた。
朝、いつもとは少し違うお腹の痛みで目が覚めた。
「もしかして、陣痛かもしれない。」
初めての出産だったので確信はなかったけれど、間隔を測ると規則的に痛みがやってくる。
病院へ連絡し、夫と一緒に向かった。
一度帰宅。それでも消えなかった不安
診察を受けたものの、陣痛はまだ本格的ではなかった。
痛みも落ち着いてきたため、一度帰宅することになった。
「まだかな。」
「今日じゃないのかな。」
そう思いながら家で過ごしていたが、夕方になると再び痛みが強くなってきた。
今度は3〜5分間隔。
再び病院へ電話をすると、来院するように言われた。
病院へ向かう頃には、痛みで会話をする余裕も少なくなっていた。
「今日は入院させてください」
病院へ着いた後、安心したせいか、また少し陣痛が落ち着いていた。
「一回家に帰る?どうする?」と助産師さんに聞かれた。
でも、その日は夫が日本で運転を始めてまだ数日。母も明日は仕事。
夜中にまた病院へ向かうことを考えると、不安が大きかった。
そこで私たちは、
「もし可能なら、このまま入院させてもらえませんか。」
とお願いした。
病院は快く受け入れてくださり、そのまま入院することになった。
今振り返ると、この判断は本当に良かったと思う。
もし帰宅していたら、さらに不安な時間を過ごしていたかもしれない。
出産準備で練習したことは、役に立たなかった
出産前、夫とはいろいろ練習していた。
テニスボールで腰を押すこと。
呼吸を合わせること。
励まし方。
「きっと役に立つね。」
そんな話をしていた。
ところが、実際の陣痛は想像とはまったく違った。
腰を押されると、逆に痛い。
さすられるだけでも痛い。
「何もしないで。」
激痛に耐えれず、そう言ってしまうほどだった。
結局、夫にお願いしたのは、水を飲ませてもらうことくらい。
それでも、不思議と十分だった。
ただ隣にいてくれる。
手を握ってくれる。
「大丈夫。」
そう声をかけてもらえるだけで、一人ではないと思えた。
出産に必要なのは、何か特別な技術ではなく、「そばにいてくれる人」なのだと、そのとき初めて気づいた。
外国人の夫ができたこと
私が陣痛と向き合っている間、夫は静かに動いてくれていた。
入院の荷物を整理する。
必要なものを取り出す。
飲み物を用意する。
助産師さんとコミュニケーションを取る。
痛みで動けない私の代わりに、小さなことを一つひとつこなしてくれた。
入院手続きは母が担当してくれた。
母が受付をしてくれている間、夫はずっと私のそばにいてくれた。
二人が自然に役割を分担してくれたおかげで、私は出産だけに集中することができた。
家族がいてくれる心強さを、何度も感じた時間だった。
日本での立ち会い出産で知ったこと
出産前まで知らなかったことがある。
私が出産した病院では、夫がへその緒を切ることはできなかった。
また、会陰切開などの医療行為に関わることもない。
オーストラリアでは、パートナーがへその緒を切るケースも珍しくないと聞いていたので、日本との違いを感じた。
一方で、カンガルーケアは希望すればできるとのことだった。
今回は夫とも相談し、行わない選択をした。
国によって出産のスタイルは違う。
どちらが良い・悪いではなく、それぞれの文化や医療方針があるのだと実感した。
午前9時、新しい命が誕生した
夜を越え、翌朝。
午前9時。
元気な産声が分娩室に響いた。
「生まれた。」
その瞬間、それまでの痛みや緊張が、一気に安心へと変わった。
赤ちゃんの頭が見えたとき、助産師さんが笑いながら言った。
「髪の毛は黒いよ〜!」
夫が外国人だったこともあり、
「どんな髪の色なんだろうね。」
とスタッフの皆さんも楽しみにしてくださっていたようだった。
その一言で分娩室の空気がふっと和らぎ、私まで笑ってしまった。
「無事産まれてよかったね」
夫を見ると、涙でマスクがびしょ濡れだった。
新しく父となった友達に、出産の話は聞いていたとは言え、私の苦しみようが想像以上だったらしい。
無痛分娩が主流のオーストラリア。私が自然分娩で産んだこともあるかもしれない。
出産は命懸けということを目の前でみてもらってよかったと思う。
出産は、一人ではできなかった
出産後、夫と赤ちゃん、そして私の三人で約一時間過ごした。
人生で一番短く、一番幸せな一時間だった。
出産は、お母さん一人が頑張るものだと思っていた。
でも実際には違った。
隣で支えてくれる夫。
受付をしてくれた母。
優しく励ましてくれた助産師さん。
安心させてくれた先生。
たくさんの人に支えられて、一つの命が生まれた。
私はこの日、「赤ちゃんは家族みんなで迎えるものなんだ」と初めて知った。
外国人夫が”イクメン”になった理由
出産を終え、病室へ戻った私たち。
ほっとしたのも束の間、今度は赤ちゃんとの新しい生活が始まった。
抱っこ。
授乳。
おむつ替え。
初めてのことばかりで、毎日が新しい発見の連続だった。
外国人夫も、一緒に育児を学んだ入院生活
入院中、一番印象に残っているのは助産師さんたちの存在だ。
私だけではなく、夫にも積極的に声をかけてくださった。
抱っこの仕方。
ミルクの飲ませ方。
げっぷのさせ方。
おむつの替え方。
言葉だけでは伝わりにくい場面では、笑顔でジェスチャーを交えながら、一つひとつ丁寧に教えてくださった。
「上手!」
「そうそう、その調子!」
たくさん褒めてもらった夫は、少し照れくさそうに笑いながらも、どんどん自信をつけていった。
日本語が完璧に話せなくても、「伝えよう」という気持ちがあれば、ちゃんと伝わる。
そのことを教えてもらった時間でもあった。
助産師さんが驚いた、夫の姿
ある日、助産師さんがこんなことを話してくださった。
「旦那さん、本当に優しいですね。」
荷物を持つこと。
私を気遣うこと。
赤ちゃんのお世話を積極的にすること。
どれも夫にとっては「特別なこと」ではなく、ごく自然な行動だった。
会陰が裂け、歩くことや座ることが困難だった私に、都度優しく声を掛け支えてくれた夫。
でも、その姿が印象に残ったそうだ。
退院前日には、「明日会えないかもしれないから、今日会いたかったの」と、助産師さんが病室へ会いに来てくださった。
そして、私たちにこう声をかけてくれた。
「素敵なご夫婦だから、きっと素敵な子に育ちますよ。」
「お互いを思いやっているのが伝わってきます。だから大丈夫。」
出産を終えたばかりで、不安もたくさんあった私にとって、その言葉は何よりの贈り物だった。
今でも、あの日の笑顔と言葉を忘れることができない。
心から感謝しています。
日本とオーストラリアの出産で感じた5つの違い
今回、日本で里帰り出産をしてみて、オーストラリアとの違いをたくさん感じた。
病院によって違いはあると思うが、私が実際に感じたことをまとめてみたい。
① 外国人の家族にも寄り添ってくれる
言葉の壁があっても、助産師さんや看護師さんは笑顔で夫にも話しかけてくださった。
ゆっくり話したり、身ぶり手ぶりを交えたりしながら、「一緒に育児をしていこう」という姿勢が伝わってきた。
また、先生は、英語が堪能で夫にも英語で話してくれた。
また、英語も日本語も話せない患者とは、通訳の機械を使って、やり取りをするそうだ。
外国人にまで、丁寧に寄り添ってくれる日本のサービスや日本人の思いやりの深さに感動した。
② 家族が近くにいる安心感は大きい
今回は実母もそばにいてくれた。
入院手続きや細かな準備を引き受けてくれたことで、夫は私に付き添うことができた。
海外で出産していたら、この安心感は得られなかった。
里帰り出産だからこその心強さだった。
また、難産だったこと、母乳がなかなか出なかったこと。
初めての出産&産後のボロボロのメンタルで、母が孫のこともそうだが、私自身のことを心配してくれたことがすごく嬉しかった。
③ 病院全体で赤ちゃんを迎えてくれる
診察だけではなく、病棟全体が「おめでとう」という雰囲気に包まれていた。
入院中、スタッフの皆さんが赤ちゃんの成長を一緒に喜んでくださる姿が、とても温かかった。
「病院」というより、「みんなで赤ちゃんを迎える場所」という印象だった。
身体の回復が遅かった私にとっては、入院できたこと、ご飯の心配や、赤ちゃんのお世話の心配をしなくていいことが、大きな安心感に繋がった。
自分の母語で分からないことや聞きたいことを聞ける環境がありがたかった。
④ 出産のスタイルには国ごとの違いがある
私が出産した病院では、夫がへその緒を切ることはできなかった。
一方で、オーストラリアではパートナーがへその緒を切ることも珍しくないと聞く。
また、入院中、夫が病院に泊まることができなかった。
オーストラリアの私が受診した病院では、夫は24時間ずっと病室に滞在できる。
どちらが正しいということではなく、それぞれの国の文化や医療方針の違いなのだと感じた。
⑤ 一番の違いは「人の温かさ」
設備や制度ももちろん大切だ。
でも、一番心に残ったのは人だった。
励ましてくれた助産師さん。
優しく声をかけてくださった看護師さん。
家族のように接してくださった病院の皆さん。
その温かさは、きっと何年経っても忘れない。
初めてだらけの環境下で、母語でやりとりできることは私にとって1番の安心材料だった。
オーストラリアから日本へ里帰り出産を考えている方へ
海外で暮らしていると、「どこで出産するか」は、とても大きな選択になる。
私も最後まで迷った。
もちろん、正解は人それぞれだと思う。
それでも、もし日本で出産しようか悩んでいる方がいるなら、私はこう伝えたい。
「一人で悩まなくても大丈夫。」
病院のスタッフも、家族も、パートナーも、きっと力になってくれる。
完璧な準備なんてできなくてもいい。
大切なのは、一人で抱え込まないこと、自分の気持ちに素直になることだった。
オーストラリアで産んでよかった人もいる。
妊娠、出産は人それぞれ。
産後のサポート体制も考えて、自分の納得のいく方法が1番だと思う。
あの日、家族になった
出産を終えて振り返ると、一番印象に残っているのは、痛みではない。
「ありがとう。」
その言葉を何度も交わした一日だった。
夫は慣れない日本で、私を支えようと必死に頑張ってくれた。
母は静かに私たちを支えてくれた。
そして、病院の皆さんは、初めて親になる私たちを温かく迎えてくださった。
赤ちゃんは、私一人が産んだわけではない。
たくさんの人の優しさに迎えられて、この世界に生まれてきた。
だからこそ、私は日本で里帰り出産をして、本当に良かったと思っている。
いつか子どもが大きくなったら、この日のことを話してあげたい。
あなたは、生まれたその日から、こんなにもたくさんの人に愛されていたんだよ、と。
