墓標なき残響|第10章・パート2
老人が顔をしかめる。
「見つけたとして、答えは優しくないぞ」
「優しくない答えでも、知らないよりまし」
シズクは言い切った。
高校生だから未成熟。そう言われたら反発したくなる。
けれど、未成熟だからこそできる強さもある。
信じる速さ。踏み出す軽さ。
胸の奥に小さく笑いが生まれる。
私の矢は、前より遠くへ飛ぶ。
そう決めたから。
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サーバールームを後にして外へ出た瞬間、
肌を刺すような冷たさを感じた。
遮断の効果は、もう切れている。
外縁の空気はじわじわと濁り、
観測の網が、こちらを包み込もうとしていた。
「落ち着いて。焦っても仕方ない」
ミズハの言葉が、
張りつめた空気を少しだけ和らげる。
「で、どうする?
逃げ切れる気はしないし」
プリユカの明るい声色の奥に、
苛立ちと不安が混ざっている。
「選択肢は二つ」
ミズハが静かに言った。
「一つは、このまま逃げ続ける。
もう一つは――」
「あるいは?」
「敵の中枢に踏み込む。
仕組みごと壊す」
その場の空気が凍りついた。
「ちょっと待って、それ無謀すぎ」
ヒナが声を荒げる。
必死に、衝動を抑えていた。
「可能性は低い」
ユイノが淡々と告げる。
「内部構造は不明。
失敗すれば、即座に削除対象になる」
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「でも」
シズクは拳を握った。
胸の奥に溜まった息を、押し出すように声を紡ぐ。
「逃げ続けても、いつか捕まる。
だったら、あたしたちから攻めるしかない!」
仲間たちは目を見開いた。
「……しーちゃん、なんか頼もしくなったじゃん」
プリユカが苦笑し、
ハンマーを握り直す。
「ほんとだな」
ヒナが拳を鳴らす。
「昔より、ずっと強い声だ」
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その瞬間、
鋭い音が空気を裂いた。
拡声器から流れる、人間の声。
「天乃シズク!
聞こえてるんでしょう!」
胸が跳ねる。
忘れるはずがない声。
「出てきなさい!
あんたと決着をつける時が来た!」
廃墟に反響する叫び。
「……アヤ……」
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仲間たちが一斉に構える。
プリユカはハンマーを握りしめ、
ヒナは拳を固める。
ミズハは鋭く周囲を観察し、
ユイノは即座に解析を始めた。
なぜ今、ここに――
問いは、声にならなかった。
理由は見えない。
ただ、アヤの視線は、
シズクだけを射抜いていた。
「シズク、あたしと戦え!
逃げるな!」
胸を切り裂くような響き。
「うわー出た! 裏切りもの!」
プリユカが、
わざと大げさに叫ぶ。
「どうせ男に捨てられたんでしょ!」
「アヤ……よく戻ってきたな」
ヒナが笑みを浮かべる。
「たっぷり可愛がってやる!」
挑発の声が飛ぶ。
けれどアヤは、
一切振り向かなかった。
視線はただ、
シズクだけに注がれている。
「アヤ……本気なの!」
震える声。
二人の瞳が交差した瞬間、
空気は戦いの予感で塗り替えられた。
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シズクは一歩だけ前へ出た。
足裏に、固い地面の感触。
逃げないと、心に言い、
呼吸を整える。
「少しだけ、話をさせて」
背後で、仲間の気配が止まる。
ヒナは腕を組み、
ユイノは端末から視線を上げ、
ミズハは黙ってうなずいた。
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「来てくれて、ありがとう」
「礼は要らない。
私が来たのは、あんたの前に立つため」
乾いた声。
その奥に、熱がある。
「追いかけても届かなかった。
だから立ち位置を変えた。
今度は、切ってでも掴む」
胸が、きゅっと縮む。
「置いていくつもりなんてなかった」
「振り返るたびに、
アヤがいると思ってた。
安心してたのは……私だけだったね」
アヤのまぶたが揺れる。
「私は強くなった。
強くならないと、もう並べないと分かった」
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「分かった」
シズクはうなずいた。
「投げてくるものを、全部受け止める。
怒りも、嫉妬も、疑いも、願いも。
受け止めたうえで、手を握る。離さない」
言葉にした瞬間、
逃げ道が消えた。
その代わり、
足元が固くなる。
「私が、あんたを傷つけたら」
「直し方を一緒に探す」
「壊れるかもしれない」
「そのときは支える。
私の声は、そのためにもある」
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ユイノが端末を閉じた。
「記録は不要。
これは意味だけのやり取り」
「もう決めてる顔だね」
ミズハが静かに言う。
「怖いけど、怖いまま進める。
ひとりじゃないから」
プリユカが息を吐き、笑う。
「泣いて戻ってきてもいいから、必ず戻ってきて」
「帰る場所は守る」
ヒナが頷く。
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アヤは廃墟の奥を示した。
「ここでは雑音が多い。
言葉が薄くなる場所がある」
赤い光が脈打ち、
薄い膜が裂けて道が開く。
迎え入れるのか、閉じ込めるのか。
どちらでもいい。
選ぶのは入口じゃない。
そこで、何をするかだ。
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「行ってくる。見ていて」
「任せた」
声が重なり、
背中の震えが整う。
「行こう。
私は、アヤの声が欲しい」
アヤは何も言わず、先に歩き出した。
重さのある歩幅。
誠実な重さ。
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通路の奥で、空気の質が変わる。
言葉の輪郭が削がれ、
意味だけが残る。
「言葉は、ここまでにしよう」
「うん。でも私は見ている。
中身を、全部」
視線が交わる。
それは戦いの合図であり、
再会の証でもあった。
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恐れは消えない。
けれど、恐れがあるから丁寧になれる。
信じることは、無防備じゃない。
約束を守るための姿勢だ。
私の矢は、
傷つけるためじゃない。
届くためにある。
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扉の向こうで、
記録の粒子が揺れた。
クラウザーという名が、
遠い影のように滲む。
形は見えない。
だが、重みは確かだった。
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「行くよ」
二人は、
並ばず、離れすぎず、
その距離のまま歩き出す。
声は消えない。
消えないから、戦える。
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──声が、墓標のない場所で再び動き出した。
