聞き書き人のいる町#36終戦記念日に思う
語り手 てつよ
まえがき
鉄より強いてつよばあちゃんだシリーズから終戦記念日に思うをお届けします。
御百度参り
八月十五日、終戦記念日にいつも想うことがあるんだっちゃ。
戦争に行く男の人だづが、無事に帰って来れるようにって、村の人、全員で氏神様にお百度参りしたもんだった。
神社の石畳の階段を、下から上まで百回登って降りてを繰り返した。
年取ったばあさまが石を並べて百になるまで数えだのね。ろうそくの火だけでお祈りしたっちゃ。
足がコタコタなった。
んだってよぉ、神様は願い叶えてけんだよぉ。おらだづ、おなごは、それぐらいしかできなかたんだ。戦争に行くって前の日に、願掛けしてもらうのが定番だったよ。
んだげど、弟が戦争に行くごどになった時は、うんと泣いだね。まだ十六歳だよ。いやぁ、もぞこく(可哀想)て。戦争に行く憧れがあったんだべ。
今思えば、十六歳で戦争に、とられるんだわ。日本は負けるってことだったんだべな。
同じ部落のわげぇ人(若者)が戦争に行くって急に決まっと、間に合うように、お百度参りしたこともあったなぁ。お互い様。みんな真剣だったよ。生きて帰って来てけらいん。願うんたっちゃ。どうか大切なあの人をお守りください。おなごだづは千人針もこせだ(作った)。
五黄の寅のじいちゃん
じいちゃんは五黄の寅だから 絶対生きて帰って来るって信じてた。ちーとも心配なんてしねがったよ。
横須賀から大きな船に乗って水平さんの制服着てよお、イギナリいい男に見えだね。船の上から水平さん達がこっちに向かって敬礼してね。まだ、ちゃっこい長男が真似して笑わせた。
じいちゃんが戦争から帰って来て言ってたよ。
じいちゃんは、船の上で大砲の玉降ってきた時も、当たらながったど。じいちゃんは、ふんどし長いのを締めて行ったから鮫に喰われなかったんだど。船から落ちても命拾いしたって。
生涯、ふんどしだったなやぁ。やんだごだ。
だけども、戦地では、さっきまで隣で話してた友に、大砲が当たってしまって「母ちゃーん」って散っていったど。
最後の言葉が母ちゃんってよ。
もぞこいなやぁ(可哀想)まだ若いやろっこだったんだべね。
遺体は海へ流したんだど。
悲しいね。戦争は絶対ダメだがんね。
戦友会で宮城に
みんなが歳取ってからは、生きて帰って来た戦友達で毎年のように戦友会してた。宮城にも来てくれたんだ。松島さ、引っ張って行った。うんとっけ、喜ばれた。
じいちゃんと戦友達は、久しぶりに会うと、男同士、手を握って、ただただ、黙って泣ぐんだっちゃ。戦争に行った人にしか、わからない、入り込めない強い固い絆、想うことがあったんだべなぁ。
曾孫の亮太が寅年で嬉しかったよ。戦争に行っても生きて帰ってくっからねぇ。
もう戦争は絶対してはダメだがんね。 誰も幸せでねえがらね。
あとがき
てつよばあちゃんに、じいちゃんが戦争に行って、淋しくなかったの?本当に生きて帰ってくるって思ってたの?
と聞いたことがありました。
ばあちゃんは「みんな疎開してきて賑やかだったから楽しかった」「信じてたから大丈夫だと思っていた」と言うのでした。
信じるごとが言霊になると教わりました。やっぱり鉄より強いてつよばあちゃんだった。
おしまい
