今日も、祖母はいなかった。
今、わたしは母の家に間借りしている。
母が守ってきた家の中で、
黒猫に見守られながら、
夫と三人で暮らしている。
少し前まで、わたしは祖父母のいる街にいた。
50歳を過ぎてその街を離れるまで、
祖父母の家のすぐ近く、
自転車でひとっ走りの場所に住んでいた。
祖母は、まるでじっとしていない人だった。
とにかく元気。
兄妹や友達とカラオケに行き、
パチンコに行き、
お芝居を観に出かける。
気がつけば誰かの家でおしゃべりしていて、
家にいるほうが珍しいくらいだった。
その勢いは、亡くなる直前まで変わらなかった。
カラオケもパチンコも、
本当にギリギリまで通っていた。
わたしに怒られると思って、
最後まで隠していたけれど、
正直、バレバレだった。
パチンコ屋さんの名前入りの飴やら、おしぼりやらが、妙にきれいに置かれている。
これを見逃すほど、わたしも鈍くはない。
祖父が亡くなってしばらくは、
大人しくしていた。
けれど、そのうち暗くなっても
帰ってこない日が増えていった。
ある日、朝から祖母に、
何度電話しても出ない。
倒れてる? 病院?
それとも、、パチンコ?!
頭の中でいろんな想像がぐるぐる回る。
一人暮らしで、足も悪くて、
小さくて、あちこち悪くて。
わたしは慌てて自転車を飛ばした。
……いない。どこ?
心配と怒りで、胸の中がざわざわする。
玄関の前で文句を言いながら、
何度も電話をかけていた、そのとき。
「あのー。」
振り返ると、ガードマンの方が、
少し遠慮がちに立っていた。
「午前中に出かけられましたよ。カラオケに行くって……」
一瞬で、すべてを理解した。
ああ、いつもの“誰とでも友達になるやつ”だ。
「あっ、そうですか!ありがとうございます!」
さっきまでの低い声はどこへやら、
わたしの声は一気に愛想よく、
ワントーン高くなった。
……たぶん、一部始終、見られていた。
文句をタラタラ言いながら
何度も何度も、しつこく電話をかけ続ける
孫の姿を。
声をかけづらかっただろうに、
それでも教えてくれたのは、
祖母が「怒られるかも」なんて話でもしていたのかもしれない。
「いつもお世話になってます。本当にありがとうございます!」
そう言って頭を下げたとき、
なんとなく思った。
祖母はきっと、この人とも、ちゃんと仲良くなっていたんだろうな、と。
離れて暮らす息子や娘よりも、
何かあればすぐに駆けつけてくれる人たちを、祖母はとても大切にしていた。
「留守のときは、よろしく頼むよ」
そんなふうに、ちゃっかりお願いしていた姿が、目に浮かぶ。
しばらくして祖父の法事があったとき、
祖母は一つ多くお弁当を頼んでいた。
「誰の分?」と聞くと、
「ええの、ええの。お友達のだから」
それが、あのガードマンさんの分だった。
祖母は、どこでも、
誰とでも、友達になる人だった。
それも、途中でやめることなく、最後まで。
それが、あの人の生き方だった。
そのときのわたしは、ただ少し呆れて、
少し安心していた。
元気なら、それでいいかと思っていた。
