雪とテツの物語-後日譚
テツが去った日から2週間後の土曜日に、実家の母と、飼い犬のペキプー(コウちゃん)を連れた妹と姪が、花を持ってやってきた。
実家の母はテツが旅立つ準備をしている頃、右手、手根管の手術を受けており、こちらに来られなかった。
テツを引き取って育てたのはこの母なので、残念だったと思う。私は逐一LINEで知らせてきたが、抜糸したのでと、テツが逝ってちょうど2週間後にやってきた。
やはり暖かな3月の日で、家のダイニングテーブルでお惣菜やお弁当を広げながら、テツの動画や写真をみんなで見た。
そしてテツの話をした。
賑やかなおうちランチで、テツも楽しかったのではないかと思う。
夕方、母は新幹線で帰り、姪、妹、コウちゃんは一泊。夜もまた賑やかだった。
☆ ☆ ☆
父がテツを見ているというので、じゃあ私たちはいろんな用事を済ませてしまうから待っていて、ということで別行動になった。
父はテツのリードをしっかり持って車を降りると、わかったと言う。
「あの上の待合で待っている」
そこは小さな、標高の低そうな山の頂上で、道端から見上げるとすぐ上に、建物がある。
私たちは用事を済ませ、待ち合わせの時間にちょうど間に合いそうだと山の上に向かうが、それは目と鼻の先に見えているのに、車道はいくつかのカーブを曲がりくねるので、意外と時間がかかる。
車でもすぐだと思ったのだが、何しろ初めていく場所なので、車道がとても遠回りなのには気づかなかった。
「ちょっと遅れるから待っていて」
そう電話で伝えたいが繋がらない。
さて、頂上の建物に着くと、やはり誰もいないのだ。
がらんとした建物で、壁際に椅子が何脚かあるだけだ。休憩所? 待合所? そういう雰囲気の何もない建物。
お店も自動販売機もない。
電話すると今度は繋がったが、ノイズがひどくて話が聞き取れない。
「お父さん、大丈夫? 着いてるんだけど、どこ?」
電話の向こうには確かに父がいて、「先に行っている」とでも言っているのだろうか、声の端々は聞こえるが、プツプツ、ジジというノイズ音が、会話の邪魔をする。
先に行っちゃったんだ、なんで待てないの?
そうも思ったが、まぁ、テツは父と一緒なのだし心配することはないだろう。
「ねえねえ、見てよここからの景色! 写真撮っちゃおう」
私は、初めて来た山頂の眺望に大はしゃぎだ。周囲に人気はなく、私たちだけの貸切状態。
夕暮れで、オレンジ色の太陽が沈みつつある。
遠くにうっすらとピンク色のモヤがかかり、ぼやけた地平線が見えるが、地上の風景ははっきりとは見えない。
地平のすぐ上に太陽があり、オレンジやピンク色をした、たなびく雲が層をなして西の空にある。
ここはそんなに高い山だったろうか。
意外なところで、こんな素敵な風景に出会えた。
私は父と合流することを簡単に諦め、一台も止まっていないだだっ広い駐車場のすみっこ、眺望が一番ひらけた場所に車を停める。
そして車を降り、今さっき気づいたばかりの下界の景色に釘付けになる。
ここは、なんてきれいなところなんだ・・・!
☆ ☆ ☆
その土曜の夜に見た夢はそこで終わる。
父は、20年近く前に他界した。
父が逝った翌年に飼い猫が20歳で死んだ。お寺で火葬してもらい、骨は父の畑に埋葬した。父に一番可愛がられていて、よく一緒に畑に行っていたから。
その半年後くらいに、コロコロとした白い毛玉のような子犬がやってきた。テツだ。
父が、会ったことのないテツを迎えにきたのか。
この2週間、テツは一人で大丈夫だろうか、ちゃんと先の旅路を行けたんだろうかと心配だった。
でも父がリードを引いてくれるなら、安心だ。
*
その夢を見た朝は、なんだか胸のつかえが下りたような、しかし寂しさが増したような万感の思いで胸がいっぱいで、コウちゃん、今日は一緒にお散歩行くよと、16歳になる私の妹の犬(テツと仲良しだった)の朝散歩に、みんなで出かけたものだ。
コウちゃんは、遊びに来るといつもテツの後をくっついて歩いた。
小さな犬だ。年寄りになって輪をかけて小さくなった。
てっちゃんがいないとつまらないね。
みんなにそんなことを言われ、途中で抱っこされたり降ろされたりしながら、老いたテツの最後の散歩コースをたどってどうにか一周・・・。
*
お父さん、テツのことよろしくお願いします。
テツ、コウちゃんを助けてね。
明日からは雨か雪か、寒くなるのだそうな。
でも確実に春の気配がある。木々の間や、落ち葉のすぐ上あたりにそれを感じつつ、ふいと、いるはずのないテツの幻を捉えようと振り向いてしまう私なのである。
補足)
この夢以降、テツのことで嵐のようだった心が落ち着きました。
20年も昔に死んだ父を記憶から引っ張ってきて、自己防衛的な夢でケリをつけたのか、あるいは、こうだったらいいなという自分の希望が、そのまま夢になったのか、全く都合のいい夢を見たものだと苦笑したものです。
*
ところで実家の近くには岩舟山という山があります。死者が集まる場所と言われ、死者の魂たちはここで待ち合ってから皆で旅立つんだと、亡き祖母に教えてもらったことがあります。
また、やはり実家の近くにある唐沢山という山は、低山ですが眺望がよく、しかも車で山頂まで登れます。
夢に出てきた山は、この二つの山が混ざったようなところでした。
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最後まで読んでくださってどうもありがとうございました!