小唄「偲び草」と織田信長
小唄「偲び草」を知ったのは大河ドラマ「利家とまつ」で、前田利家が槍を持って舞うシーンが最初。大好きだったドラマです。
そこで興味を持ったので調べました。
はじめに
唄の歌詞は以下の通り
死のふは一定(いちじょう)、
しのび草には何をしよぞ、
一定かたりをこすよの
現代語訳
人間は必ず死ぬのだから、生きた証として後世の人が思い出してくれる「偲び草(しのびぐさ)」には、何をして残そうか。きっと人は、それを語り継いでくれるだろう
いつ頃発生した唄か
発生したのは室町時代の小歌(こいうた)に由来するものとされています。
現在「小唄」として伝わっている『偲び草』は、江戸末期から明治にかけての三味線音楽の流れの中で再構成されたもので、江戸小唄の粋な表現とともに、明治・大正期に座敷芸や寄席芸として流行しました
織田信長とのかかわり
織田信長といえば幸若舞「敦盛」が有名(人間五十年、下天の内をくらぶれば…)ですが同じように「偲び草」も好んで唄われたようです。
この歌詞は『信長公記』などの史料にも見られます。
補足説明
「小唄」は端唄から派生した短い三味線音楽で、江戸後期に成立し、明治・大正期にかけて大衆芸能として広まりました。
『偲び草』のような曲は、遊里や恋情、人生観を詠んだ詞が多く、粋で洒脱な表現が特徴です。
現在も小唄の名曲として演奏されることがあり、200曲ほどが現代でも唄われているとされています。
まとめ
「敦盛」も「偲び草」も織田信長の死生観を表していてとても面白く興味深いです。勇猛な武勇伝も面白いですが、生活・文化面も見逃せない側面かと思います。
