黙ることを、技術だと思っていた
娘は時々私を当てにして、孫のお守りを頼んできます。
娘の手助けをしてあげたいし、孫が可愛い私は嫌な気持ちなくOKします。
夫は、そんな娘に対しての文句を私に言います。
「ママは召使いじゃない」
「親をどう思ってるんだ」
など。
それを聞くと、私はざわつくんです。
夫は私のために言ってくれているんだと思う一方、私がイヤイヤ行くのではないことは理解できません。
特に、自分が家にいる時に、出かけられるのがストレスなのだと思います。
そして、そんな自分に気づかずに、娘を責めている。
父親と母親のちがい?
献身的なところがあるかどうかのちがい?
その理由を考えてみましたが、私がはっきり言わないのが良くなかったのかも、と思いつきました。
私はイヤではないこと、
孫に会える嬉しさがあること、
そんなことを、ちゃんと話していないことに気がつきました。
いつも私はそうなんです。
自分の気持ちを話すのが苦手。
そのことに手を抜いてしまいます。
なぜ苦手なのかを考えてみると、そうしたほうが楽だったから。
何も言わないほうが、その場を楽にやり過ごせたんです。
反論したらもめる、
余計なことを言って火をつけたくない、
そんな逃げの気持ちがありました。
と同時に、その場を穏便におさめる技術のようなものを、自然に身につけたのかもしれません。
今度ざわつくことを言われたら、しっかり自分の気持ちを話してみようかな。
その上でまた何か言われたら、もう一度対策を考えてみよう。
まずは少しでもいいから、自分の本心を話してみよう。
