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ウクライナ侵攻3年、小麦畑の変化は宇宙から測れるか?

ウクライナは世界の穀物市場における主要プレイヤーだ。小麦の輸出量は世界第5位、ひまわり油は世界第1位。2022年のロシアによる侵攻以降、ウクライナの農業生産は穀物先物価格を左右する地政学ファクターとなった。


2024-2025シーズン、ウクライナの小麦生産量は約2,260万トン。侵攻前(2021年の3,280万トン)から約30%減少したまま回復していない。黒海穀物イニシアティブの終了後、輸出ルートの不確実性は継続している。


この記事では、Sentinel-2のNDVI(正規化植生指数)でウクライナの小麦生産地域を時系列モニタリングし、穀物先物価格との相関を検証する。衛星データは、穀物市場のファンダメンタルズを「地上から離れた視点」で補完できるか。


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農業と衛星データ──精密農業からマクロ分析まで

農業における衛星データ活用の概要図(精密農業・収量予測・保険の3レイヤー)


上の図は、農業分野における衛星データの活用を3つのレイヤーで整理したものだ。Layer 1の精密農業(10m解像度)はフィールドレベルの作物管理、Layer 2のマクロ収量予測(250m〜1km)は国家レベルの生産量推定、Layer 3の農業保険・金融(マルチスケール)は損害査定やコモディティ分析に対応する。今回の記事は、主にLayer 2の「マクロ収量予測」に焦点を当てる。

農業は、衛星データの最も歴史の長い応用分野の一つだ。NASAのLandsatシリーズは1972年の打ち上げ以来、50年以上にわたって地表の植生変化を記録してきた。

マクロ収量予測の事例

USDAのCropland Data Layer(CDL)は、衛星画像から米国の農地面積と作物種を年次で推定する公開データセットだ。これは穀物先物トレーダーにとって基本的なインプットの一つになっている。

ヘッジファンド(高度な運用手法を用いる投資ファンド)のCitadel、Two Sigma、DE Shawは、衛星画像によるリアルタイムの作況モニタリングを投資判断に組み込んでいるとされる。USDA報告の前に衛星データで収穫量を推定し、報告値とのギャップを利益機会とする。

Gro Intelligence(2024年にMastercardが買収)は、衛星データと気象データを統合して穀物の収量予測モデルを構築していた。

日本では宇宙航空研究開発機構(JAXA)のJASMINがSentinel-2とLandsatを統合した作況指数を提供しており、農林水産省の作柄調査にも参照されている。


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NDVIで作物の生育を追跡する


NDVIの原理図(植生の健全度と反射スペクトルの関係)

上の図は、健全な植物と赤外線の反射特性を示したものだ。左側は、植生の反射スペクトルを示し、健全な植物(緑の実線)は赤色光(Red band)を吸収し、近赤外線(NIR band)を強く反射する。ストレスを受けた植物(オレンジの破線)や裸地(茶の点線)では、このコントラストが小さくなる。右側のNDVIスケールは、この反射特性の差を-1〜+1のスコアに変換したものだ。0.6以上であれば健全な農地、0.2以下であれば裸地や水面を意味する。


NDVIはSatLensの過去記事でも繰り返し登場している指標だ。改めて農業の文脈で整理する。


NDVI = (NIR - Red) / (NIR + Red)


- NIR(近赤外線): 健全な植物の葉は近赤外線を強く反射する

- Red(赤色光): クロロフィルが赤色光を吸収する

- NDVI値: -1〜+1のスケール。0.2以下は裸地・水面、0.6以上は健全な農地


小麦の場合、NDVIの季節パターンは以下のようになる。


10月: 播種・発芽 NDVI 0.15-0.25

11月-2月: 越冬(休眠期) NDVI 0.15-0.30

3月-4月: 生育再開・分けつ NDVI 0.30-0.55

5月: 出穂・開花 NDVI 0.55-0.80

6月: 穂熟・登熟 NDVI 0.50-0.70

7月: 収穫 NDVI 0.20-0.35(刈取後急落)


このNDVIの季節変動パターン(フェノロジカルプロファイル)を年度間で比較すれば、その年の作況が平年と比較して良いのか悪いのかを定量的に評価できる。NDVIが平年値を大幅に下回っていれば不作、上回っていれば豊作のシグナルだ。


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ウクライナ穀倉地帯をSentinel-2で定点観測する

ウクライナの主要穀物生産地域マップ(ヘルソン州、ザポリージャ州、オデッサ州をハイライト)


上の図は、ウクライナの主要穀物生産地域と前線の位置関係を示したものだ。赤色のヘルソン州・ザポリージャ州は前線に近接し農業活動への影響が最も大きいエリア、オレンジのオデッサ州は穀物輸出港を擁する輸出インフラ拠点、緑色のポルタヴァ州・ヴィーンヌィツャ州は比較的安定した後方地域だ。


ウクライナの穀倉地帯は、中南部に集中している。特に以下の地域が主要な小麦生産エリアだ。


- ヘルソン州: 黒海沿岸、ウクライナ最大の小麦生産地域の一つ。2022年以降前線に近く、農業活動に大きな影響

- ザポリージャ州: 大規模農地が展開。一部がロシア占領下

- オデッサ州: 黒海沿岸、穀物輸出港オデッサ・ミコライフに近い

- ポルタヴァ州: 中央部、比較的安定した後方地域

- ヴィーンヌィツャ州: 西部、侵攻の直接的影響が少ないエリア


解析設計


- データ: Sentinel-2 L2A(Copernicus Data Space)

- バンド: B4(Red, 10m)、B8(NIR, 10m)→ NDVI算出

- 対象地域: ヘルソン州(46.5°N, 33.0°E)を中心とした100km×100kmの矩形領域

- 期間: 2021年(侵攻前)、2023年(侵攻中)、2025年(最新)の各年3-7月

- 雲フィルタ: 雲量30%以下の画像を選択

ウクライナ・ヘルソン州のNDVI時系列比較(2021年 vs 2023年 vs 2025年、月別フェノロジカルプロファイル)


上のチャートは、ヘルソン州を中心とした解析対象エリアにおけるNDVIの季節変動を年度間で比較したものだ。2021年(侵攻前)、2023年(侵攻2年目)、2025年(最新)の3年度の曲線を比較することで、前線近接地域の作況悪化を可視化できる。


検証する仮説


仮説A: 前線近接地域のNDVIは侵攻前比で20%以上低下している


ヘルソン州やザポリージャ州の前線周辺では、農地の放棄、地雷汚染、灌漑インフラの破壊が報告されている。これらはNDVIの構造的な低下として観測されるはずだ。


仮説B: 後方地域(ポルタヴァ州等)のNDVIは侵攻前と同等かそれ以上


前線から離れた地域では農業活動が継続しており、NDVIは平年値に近い水準を維持しているはずだ。これが確認できれば、衛星データで「どの地域が生産を維持し、どの地域が脱落しているか」を空間的にマッピングできる。


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NDVI異常と穀物先物価格の相関


ウクライナ小麦生産地域のNDVI偏差とシカゴ小麦先物価格の時系列重ね合わせチャート


上のチャートは、ウクライナ穀倉地帯のNDVI偏差(緑線、左軸)とCBOT小麦先物価格(赤線、右軸)を同一時間軸で重ね合わせたものだ。


NDVI変化率と小麦先物価格変化のラグ相関分析


ここからが投資との接点だ。ウクライナの小麦生産地域のNDVI異常は、シカゴ商品取引所(CBOT)の小麦先物価格に先行するか。


分析手法


1. NDVI偏差の算出: 対象地域の月別NDVIから、過去5年平均を差し引いた偏差値を算出

2. 穀物先物データ: CBOT小麦先物(ZW)の月次終値を取得

3. 時差相関分析: NDVI偏差とZW価格のPearson相関を、ラグ0〜6ヶ月で算出

4. 季節調整: 小麦の生育ステージに基づく季節パターンを考慮


先行研究の知見


Becker-Reshef et al.(2010)は、ウクライナの冬小麦について、出穂期(5月)のNDVIから収量を推定するモデルのR²=0.73を報告している。


穀物先物価格は、ウクライナだけでなく米国、カナダ、オーストラリア、EU、ロシアの生産状況にも影響される。ウクライナのNDVI単独で先物価格を「予測」するのは非現実的だ。ここで検証するのは、ウクライナのNDVI異常が先物価格のボラティリティと統計的に関連しているかという問いだ。


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穀物×衛星データの3つの応用パターン


パターン1: 作況モニタリング(NDVI時系列)

この記事のメインテーマ。Sentinel-2のNDVIで主要生産国の作況を追跡し、USDA報告との差異を検出する。


パターン2: 輸出インフラ追跡(AIS + Sentinel-2)

黒海の穀物輸出港のAISトラフィックと、ターミナルの衛星画像を組み合わせて輸出量を推定する。


パターン3: 在庫推定(SAR + 光学)

穀物サイロやエレベーターの衛星画像から在庫水準を推定する。


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食料安全保障と投資テーマ


世界の小麦貿易フロー図


ウクライナの農業生産は、食料安全保障というマクロテーマに直結する。


関連銘柄・投資テーマ


食品: 日清製粉G(2002) - 小麦調達コスト

食品: ニチレイ(2871) - 冷凍食品の原材料コスト

商社: 丸紅(8002) - 穀物トレーディング

商社: 三井物産(8031) - ブラジル農業事業

飼料: 日本農産工業(2051) - 配合飼料の穀物コスト

肥料: OATアグリオ(4979) - 肥料価格と穀物価格の連動

農機: クボタ(6326) - 精密農業テクノロジー


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10m解像度で農地は見えるか──精度の限界


Sentinel-2の10m解像度は、ウクライナの大規模農地のNDVI算出には十分だ。しかし、以下の制約がある。


1. 作物の種類を区別できない

10m解像度では、小麦畑とトウモロコシ畑の区別は困難だ。


2. 雲の問題

ウクライナの3-5月は雲量が多い時期と重なる。


3. 紛争地域の特殊要因

前線近くの農地では、砲撃痕、車両の轍、塹壕構築がNDVIの低下として検出される可能性がある。


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まとめ: 衛星データが映す「畑の健康診断書」


1. 穀物市場の「現場」を定点観測できる

ウクライナの農地のNDVIを月次で追跡すれば、USDA報告や業界予測に先行して作況の異変を検出できる可能性がある。


2. 無料データで概念検証は可能

Sentinel-2のNDVI分析は既存のパイプラインで実装可能だ。


3. 食料安全保障は全ての投資家に関係する

穀物価格の変動は、食品セクター、商社、飼料メーカー、肥料メーカー、そして消費者物価に波及する。


次回以降の記事で、ウクライナのNDVI時系列データの実分析結果を公開する。


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本記事は衛星データを活用した分析手法の紹介を目的としたものであり、特定の銘柄や穀物先物の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。


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SatLens — 衛星データで市場を読む


SatLens では衛星データと投資の実験を記録しています。

note: https://note.com/sat_lens

X: https://x.com/sat_lens

GitHub: https://github.com/satlens


※ 本記事は投資助言ではありません。データの解釈は筆者個人の見解です。投資判断はご自身の責任で行ってください。

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