私が愛したアニヲタ不遇の時代
『ヨウコソココヘ』
(サルタヒコ 2曲目)
作詞 伊福部崇
作曲 鷲崎健
この曲のイントロはまるで、自分の趣味嗜好が合う仲間を探して、ギィィィと錆びついた心の扉を開こうとするも、その度に「相手はわかってくれない=失敗」を繰り返すマインドを現しているようだ
しかし何度も何度も繰り返した後に訪れる軽やかなリズム、この変化こそ「やっと自分の好きな事を通じる相手が見つかった!」という歓喜だろう
薄暗い部屋の扉を何度開けても薄暗い部屋。それを繰り返して、よーやく見つけた光が差し込んだ部屋。景色がガラッと変わる
自分は中学時代、好きな歌手(知念里奈)のラジオ番組を誰にも言わず毎週聴いていた。そしてその前後に放送しているお笑いのラジオ番組を聴くようになった
いつの間にか、そこでやっていた大喜利に参加して、ようやくネタが採用されるようになってきた。その事をたまたまクラスの隣の席の奴に話す機会があったんだけど、なんとその番組をそいつは聴いていた。自分だけが知っている楽しみを他の人も知っていたのは衝撃だったなぁ。イントロのイメージとしてはこれにかなり近い
イントロだけでいつまで話してんだと思ったが、イントロだけでもこれだけ自分の過去と重ねて美味しくいただける。それがPOAROクオリティなのである
この曲はアルバム『サルタヒコ』の2曲目。前回書いた『NEW-TYPE』の友達がいない友達なんかいらないと叫んでいたのとはうって変わって、そんな閉鎖的な人達を「わかるわかる。そんな時期もあるよね。だけどその趣味をわかる人もいるし、共有すると楽しいよ」と、優しき仲間を受け入れる側の曲だろう
イントロは、心のどこかで仲間を欲していた『NEW-TYPE』のような傲慢な連中の余韻を引き続ぎ、歌い出しで「受け入れ側」にバトンタッチという、1、2曲目で見事な構図が出来ている
プラスティックの魔法の杖、7つの海など当時のオタクの嗜んでいたアニメも散りばめられている。今こういう曲を作ったら、どんな作品が入るだろうとPOAROの曲を聴くといつも思う。でも今じゃ毎クール数十作品のアニメが出てくるから、神格化するアニメもなかなか難しいのかな
とにかく聴けば聴くほどオタク関係の部活やサークルの勧誘している先輩みたいに優しい歌詞だ。オタク趣味に悲観はいらない、とにかく楽しむんだ!という強い意志が伝わってくる。最後の歌詞も、一度仲間になったなら見捨てないよ、という感じで終わるのが非常に印象的
アニメ好きはどこか世間に受け入れられないという後ろめたさ、葛藤があった時代に生まれた曲なので、アニメが一般的になった現代の若者には僕ほど刺さらない気もする。
全くいい時代になったもんだぜ
