【短編小説】 ホシから来たボーイフレンド
*こちらは、なみさん主催#noteでBL企画の応募作です。BL・ブロマンス要素を含みます。今回から投稿形式がちょっと変更になりました!
*ジャンル:SF
*あらすじ:某アイドルの大ファンである科学者の父から、父の好きな楽曲のタイトルに由来して、男であるにもかかわらずモモ(名前の漢字は「百」)と名付けられた主人公は、その父の葬儀で十年ぶりに実家に帰省する。古い家の中は父の残した実験用具などで溢れている。夜中に段ボールが光り出し、中から『桃色片想い』を歌い踊る謎の少年ホシが現れて、モモを過去への旅へ導く・・・・・・。
*以下、本文です。
マッドなサイエンティストだった父の葬儀は、叔母が取り仕切ってくれた。母は最後まで姿を現さなかった。
形ばかりの喪主の役割を終え、俺は実家のソファに倒れ込んだ。足先にやっと血が通い始める。葬式の間中、慣れない靴を履き続けていたせいだろう。
ソファがガタつくことに気が付いて寝そべったまま下をのぞき込む。
ソファの脚のひとつと床の間に段ボールが挟んであった。ぺっしゃりと畳まれた段ボールを引っ張り出すと、ソファの脚の痕がくっきりと丸く残っている。裏返すとルマンドという紫色の文字が読み取れた。
腹立ちと落胆が、一気に押し寄せる。
父はこういう人間だった。
こだわりが強い。一度ハマるとどこまでもしつこい。父がルマンドという菓子に入れ込んで、おやつがそれしか許されなかった時期があった。
父にとって仕事とプライベートの境目は存在せず、家でも変な実験ばかりしていた。しょっちゅうキッチンを占拠して何か調合していた。
ご飯が作れなくて困る、と母がこぼすと、ルマンドがあるだろう、と父が応じていた。
俺が十歳の時に母が出て行った。俺は十八になってからこの家を出た。
戻るのは十年ぶりだ。父のモノにまみれたこの家を、これからどうしたらいいんだろう。マザーグースのねじれ男の家も顔負けの、歪み具合と混沌具合に疲労する。
玄関を開けると何故だかチョコレートクリームの甘い香りに満ちていて、そこはホッとした。どこに匂いの元があるのか分からないが、病を得た父は相変わらずルマンドにこだわっていたんだろう。
降り始めた雨が古びた磨りガラスに当たって、はたはたと音を立てる。葬儀場で出された料理が胃にもたれている。風呂に入る気力もない。
旅行用のショルダーバッグから普段着を取り出して着替えた。サイズが縮小したように感じられる洗面台で腰をかがめて歯磨きをし、もう一度ソファに戻った。毛布だけは父の寝室から借りてきたが、父の使っていたベッドに寝る気にはならなかった。
ガタつきがおさまったソファに寝転んだとたん、映画の編集みたいにぷつんとした眠りがやって来た。
◆
『あ、いくよ! ワン、トゥー、スリー!』
爆音で音楽が鳴っている。
かけ声が頭蓋骨をこじ開けるかのようだった。俺はその曲を知っていた。よく知っていたし、正直、二度と聴きたくないと思っていた。
父が葬儀で曲の指定なんかしてなくてよかった、と胸をなで下ろしたくらいだった。
ミラーボールまがいの光が天井を舐めるように動いている。光源に目をこらす。ソファの足元に置かれた直方体からまばゆい光が放たれている。
あれはソファの下から引っ張り出した段ボールだ、と気が付いた。段ボールは畳まれていたはずなのに、何かの力によって箱状に組み立てられていた。
輝く小さな物体が段ボールの上部から溢れ、雨粒のように床を転がっていく。
段ボールに何か変な虫が寄生したんだろうか、と俺は寝ぼけた頭で考えた。光る粒の一つ一つが意志を持っているかのように一カ所に集まり始めたからだ。
『桃色のファンタジー!』
ピンクのカウボーイハット、ピンクのトップスにショートパンツ。ショートパンツからのぞくおへそと脚。
光る粒々は、みるみるうちにヒトの形へと変化した。
驚きと腹立ちと落胆が一気に押し寄せる。
父の好きな曲。男が産まれてきても諦めきれず、俺にモモと名付けた父。
その父が推しに推しまくっていたアイドルが、悪夢のように出現した。アイドルは俺の前できらきらのポーズを決めた。
けど。
「なんか、違う」
ぱたり、と音楽が途絶えた。
「あ、やっぱり?」
アイドルもどきが、しゅんとうなだれた。
「久しぶりに封印を解いてもらったのに、やっぱり、なんか違う?」
箱をソファの脚で踏んでおくのは、封印だったんだろうか。
ずいぶん雑な封印だ。父らしい。
俺はアイドルもどきを観察する。顔立ちは整っているけど、父が好きなアイドルとは似ていない。
ふわふわとした巻き毛がカウボーイハットからこぼれて、顔まわりを金色に装飾している。大きな瞳とふっくらした幼い頬、すとんとした華奢な腰まで目を滑らせる。
「あのさ。もしかして男の子?」
俺の問いに、そいつは肩を落とした。
「見て確かめてみる?」
ピンクのショートパンツを脱ごうとするのを慌てて止めた。
「見なくてもだいたい分かるって」
「なんでかなあ。博士をなぐさめてあげたいのに、女の子になれないの」
床にへたり込んだそいつが痛々しく思えて、毛布を肩にかけてやった。博士とは父のことだろうか。
なんで女の子に生まれてこなかったのかって、俺もずっと考えてた。
そうすれば父に、もう少し愛されたかもしれない。
「星の王子さまみたいだな」
どちらかといえばこいつは、俺自身が好きだった本の挿絵に似た姿形をしている。
肩から毛布をたらしていると、特に。
「なあ、ホシって呼んでいい?」
これからしばらくこいつと過ごさなければならない。そういう予感がした。
呼び名があった方がいい。アイドルの名では呼びたくない。
ホシは否定も肯定もせず小首を傾げた。
「ホシはどっから来た?」
ホシは天井を指さし、それから不安げに段ボールを指さした。
父が宇宙からホシを呼び寄せでもしたのだろうか。なんだか、あの父ならやりかねない気もする。
「ホシは、帰りたい?」
その言葉がトリガーだったようだ。
俺とホシは一瞬にして段ボールの中に取り込まれた。光る箱に吸収され、放り出された先は宇宙、ではなく、万国旗がはためく幼稚園の庭だった。『桃色片想い』のイントロが流れてくる。今まさに運動会のダンスが始まろうとしていた。
しかも俺の目の前に父がいる。
ちょうど車一台分くらいの距離。
葬式の遺影に比べたらずいぶんと若いけれど、父に間違いない。七三に髪を分けて、昭和高度成長期のサラリーマン的な格好をしているからだ。
父の頭越しに運動会の立て看板が見えた。白地に黒々と書かれた文字列の中に平成、と読み取れて時空が歪む。
いや、実際に時空間が歪んだに違いない。
俺は三歳の俺の中に入っていた。
『あ、いくよ! ワン、トゥー、スリー!』
元気なかけ声に頭蓋骨をこじ開けられた。
ああ、俺、今から泣く、と分かった。
覚えている。
この時のひどくみじめな気持ちを覚えてる。
目の前に父がいて。父の好きな曲がかかって。だけど俺は父の望んだ子じゃなかった。
そもそも女の子じゃないし、あざとかわいくポーズを決められるような気の利いた子じゃなかったし、俺の両隣は女の子が踊ってるし。
今日で俺は捨てられるんだ、俺がアイドルじゃなかったことが、とうとう父にバレるんだ。
俺は三歳児の頭で必死に考えてた。
「大丈夫だ」
立ち尽くす俺に腕が伸びてきた。父の腕だった。
そうだった。父はいつも、甘い菓子と枯れ草が入り交じったような妙な匂いをさせていた。その匂いにぎゅうぎゅうに抱かれて、三歳の俺は踊っていた。
正確には踊っているのは父だった。
父は俺を抱っこしながら『桃色片想い』を園児に混じって歌い踊った。抱かれて見下ろした地面の、父の足がキレッキレにステップを踏んでいて、びびった。
「大丈夫だ。モモは、父にとっては世界一、かわいいぞ」
そうだった。
自らをチチと呼ぶ変な父だった。
顔を上げたら、観客席にいる母と目が合った。母は俺が記憶しているよりずっと若くて、優しげなたたずまいをしていた。
母がこちらに手を振った。
母の隣にホシが立っているのを認める。
小首を傾げて所在なさげに立っている。
派手なピンクのカウボーイハットを被って、おへそと脚をさらして、誰にも気が付かれずにぽつんと存在している。
「大丈夫だよ。ホシは、かわいいよ。男の子だけどかわいい」
父の腕に抱かれたまま、俺の意識は二十八歳の俺に戻りつつあった。
父が俺にしてくれたように、ホシを抱きしめてあげたいと思った。
俺は父の腕をほどき、ホシに向かって手を伸ばした。
◆
段ボールから這い出す。
全力疾走でもしてきたかのように息が上がっている。目の奥がチカチカと痛む。
涙が止まらないのは、時空の歪みを通り抜けてきたせいなのか、それとも。
「なあ。あれ、何? あれってほんとうにあったこと?」
左手がホシと繋がっている。
涙のせいでホシの姿はよく見えない。
幼稚園年少の運動会で、ダンスの曲が『桃色片想い』だったことは覚えている。
間違いない。
最悪の気持ちで当日を迎え、父を見つけて絶望的になったことも覚えている。俺が覚えていたのは、そこまでだ。
今見たのは、ほんとうにあったころだろうか。それとも俺が勝手に作った記憶だろうか。
桃色の片想い、恋してる、好き、キスしてる。歌詞がわんわんと頭の中を巡る。
この曲に呪われてるんだ。
夢にだって、出てくるって?
俺はホシをソファの上に引っ張り上げて、組み敷いた。はずみでカウボーイハットが脱げて、金色の巻き毛がふわりとホシの額に被さってきた。
俺の涙がぽたりとホシの頬に落ちる。雨粒みたいに。
「こういうなぐさめ方の方が、いいの?」
所在なさげな様子でホシが見上げてくる。
「なぐさめてくれんの?」
ホシは父のことも、なぐさめたのだろうか。
どす黒い気持ちで、俺はホシの脚をなで上げて、ピンクのショートパンツに手をかけた。
「あ、だめ」
あざといかわいさでホシの唇から吐息が漏れる。
「だめ。モモ」
「俺の名前、知ってんの?」
「わかるもん」
「どうやって知った?」
「伝わってくるもん」
顔は全然違うのに、あのアイドルそっくりの声音としぐさで、ホシが訴える。
「何をして欲しいか、何がしたいかも、伝わってくるもん」
じゃあ、させて。
自分でも驚くほどの腹黒い俺が、ホシに無言で圧をかける。
「したら、ホシ消えちゃうもん。そういう設定になってるの。博士がそうしたんだもん。えっちなことされたら、消えちゃう。爆発しちゃう」
消してやる。
ピンク色に染まり始めた視界の中で、ホシの肌が妖艶にゆらめく。
段ボール箱が再び明滅を始める。
胸がキュルルンってなんだろう。痛むのと違うんだろうか。
夢か現実か、境目がどんどん分からなくなっていく。男も女も、どっちでもいい。
このぐちゃぐちゃの感情を吐き出せるなら、どっちでもいい。
爆発するならすればいい。
巻き添えになってもかまわない。
「だめ」
誘っているとしか思えない甘さで、ホシが俺を抱き寄せた。
「だってホシが消えたら、モモはひとりぼっちになっちゃうって、伝わってくるよ」
◆
静かな雨音で目を覚ました。ぽつんぽつん、どこかで雨漏りでもしているのだろうか。
ふいに昨晩の混乱が一気に押し寄せる。俺は毛布をはねのけてソファから起き上がった。
段ボール箱の中で、体育座りみたいな格好のまま、ホシが眠っていた。
俺は実家に住み続け、父の残したAI研究を引き継いだ。
ホシは、父が開発途中のままで放置していたヒト型のインターフェースだった。人間の感情に反応して、その相手をなぐさめてくれる。
ホシに接した人間が欲しているものを見せ、体験させてくれる。
父がなぜホシを封印しておいたか、段々と分かってきた。
人間の感情は複雑に絡まっていて、相反する二つの感情をホシにぶつけてしまうのだ。
父はホシを、性的ななぐさめには決して使わない設定にしておいたらしい。その点で俺は父を、尊敬しないまでも軽蔑しないですむ。
家族が去って一人残された家の中で、父がどんな思いでホシの研究を進めていたのか、思い巡らすことも出来るようになった。
からりと窓の開く音。ホシが縁側から上がってきた。
ホシは最近、俺の衣類を着ている。仕草はずいぶん男の子らしくなった。やんちゃで愛嬌がある。
裸足で外に出てしまうので、俺はいつも、ホシの足に怪我がないか、確認する羽目になる。
ホシの足裏の泥をはらってやり、きれいに拭いてやる。非現実的につるりとした足の裏をくすぐると、ホシが身をよじる。
大型犬のように俺にじゃれてくる。
ホシはきっと俺の好みと願望を吸収しつつあるんだろう。
仕草も声も、父が開発していた頃とは違う。
切なくてちょっと胸が痛い。ホシとはキスもセックスも出来ない。
触れたら消えてしまう。永遠に片想いから抜け出せない。
「モモをなぐさめてあげたいのにね」
ホシはあっけらかんと笑って、今日も俺の腕をすり抜ける。恋なんて夢みたいなモノだと思う。
《 完 》
*あとがき:三つのお題は『桃色片想い』『旅』『今、そこにある危機』でした! 文字数は4,990文字でした。私は割とストレートにお題に取り掛かるのですが、こんなに『桃色片想い』を聴き込んだのは初でした。松浦亜弥さんの完成度に、もう感動してしまいまして、アイドルが引き受ける幻想性も描きたいと思いました。歌詞も引用させていただきました。
『旅』はタイムトラベル、『今、そこにある危機』は映画を観る時間は無かったので(すみません)勝手に、爆発して消えちゃう危機を創作しました。ちょっと切ない、常に今、そこにある危機です。
実は今回、企画投稿日を26日と勘違いしてまして、ものすごく慌てたため、『ルマンド』『段ボール』『雨の日の恋』で着想したアイデアも盛り込んだハイブリッドなお題活用となっております。あらすじ書いてみたら、ドタバタSFですね。全体的には、ロバートFヤングさんのようなロマンチックSFジュヴナイルを目指した、はずでした。タイトルは確かコバルト文庫に『星から来たボーイフレンド』というシリーズがあったはず、と思い出だして、そちらから引用しました。
なみさん、ご参加の皆さん、今回も素敵な企画をありがとうございます!
あとがき記事は、こちらに一緒に載せてしまいました。次回からは投稿日を勘違いせずに、もうちょっと余裕を持って、あとがき記事も書きたいです!
