見出し画像

【短編小説】 図書館長の待ち人は

✏︎作品紹介
 エマは十歳の女の子。夏休みの間、田舎のおばあちゃんちに預けられた。お気に入りの場所は川沿いにある図書館。日課は図書館長とおしゃべりすること。
 夏祭りの夜に、エマは図書館長から、あることを頼まれて……

 ※この短編小説は、3つのお題を使った5,000文字BL小説企画の応募作です。



 エマは十歳。お気に入りの場所は図書館。
 夏休みだというのにこの町には友達もいないから。ママはおばあちゃんちにエマを預けて都会へ戻ってしまった。
 
 この町のいいところは、エマ一人で歩いていても誰も気にとめないところ。
 町が小さすぎるから。
 もちろん一人で行ってはいけないところはある。川の近くとかお墓とか。
 トンプソン川は急に増水するんだよ、とおばあちゃんはいかめしい顔。
 
 図書館は川の近くにあって、五年前に洪水にやられたそうだ。いまだに修理中で、図書館長は本の整理ばかりしている。


 図書館に入ると図書館長はいなかった。
 エマは学校の教室ふたつ分くらいの館内をぐるっと回ってから、いったん外へ出た。
 図書館に行ってもいいけど、図書館長にご挨拶するのを忘れてはいけないのだ。
 案の定、図書館長は裏口で本の虫干しをしていた。洪水で水濡れしてしまった本がたくさんあるのだって。
 図書館長はキャンプチェアに座って背中を丸め、何かを熱心に読んでいた。

「こんにちは。図書館長さん」
 ふつう挨拶は名前で呼びかけるものだけど、この町ではみんな彼のことを図書館長と呼ぶ。

 図書館長はよれよれになったサンタみたいな人だ。エマは今まで、これほど年寄りの人に出会ったことがなかった。

「おやおや」
 眼鏡の奥の目が優しくすぼまる。
「お嬢さんは、どなたでしたかな?」

「エマ・ホワイトです。図書館長さん」
 これといって特徴のない自分の名前には、もう慣れてる。いつもならそれで会話が終わる。
 図書館長は手にしていた本とエマの顔を見比べた。

「君のおばあさんのお名前もエマじゃなかったかね?」
 
 エマは首を傾げた。
 図書館長は笑った。

「もしかしたら、君のひいお祖母さんかもしれないね」

 エマは肩をすくめる。

「もしかしたら、君のひいお祖父さんの名前はロバートじゃないかね」

 エマは目をくりっと動かした。
 どっちにも会ったことがない。もうとっくに生きてない。
 
 エマは図書館長の手元を見た。話題を変えたかった。くすんだ水色の表紙の上の、しわしわの手。
 分厚い本のタイトルは『不死身の人間』だった。



「ねえ。ひいお祖母ちゃんの名前はエマで、ひいお祖父ちゃんの名前はロバートだった?」
 夕ごはんの席でエマは尋ねた。
 食後のお茶を飲むときに、おばあちゃんはアルバムを出してきた。昔の写真っていうのは図書館にあるような分厚い背表紙のアルバムに入ってる。

「これが私」
 おばあちゃんは誇らしげにベビーの写真を指差した。写真の下には説明が書かれていた。

『ロバートとエマのもとに宝物が産まれてきました』


 翌日、エマは閲覧コーナーでナルニア国物語を読みながら機をうかがった。 
 チャンスは閉館間近に訪れた。
 図書館長がエマのところにやって来た。杖の音がことりと響く。
「ひいお祖父さんの名前はロバートだったかい?」

 エマはうなずいた。

「君も面影があるよ。僕たちは幼なじみだった」

 図書館長にも子ども時代があったなんて。

「エマはたいそう美人だった。ふたりは町中から祝福されて結婚した。君が産まれたときに誰かが言ったに違いない。なんて美しいベビーだろう。ひいお祖母ちゃんに生き写しだ。だから君は、ひいお祖母ちゃんの名前を引き継いだ。そうだろう?」
 図書館長はウィンクした。

 それこそ、ゆうべおばあちゃんが話してくれたことだった。

 図書館長からは乾燥した紙みたいなちょっと甘い匂いがした。
「エマ。もうすぐお祭りがある。ランタンが飾られ始めているだろう」

 メインストリートの広場ではお祭りの用意が始まっていた。小さいけれど移動遊園地も来るらしい。

「元々は先住民がトンプソン川が溢れないようにって、祈るお祭りだったんだ。生贄をささげたりしてね」

 エマはぶるっと震えた。

 図書館長は古い書架の前にエマを連れて行った。
「これは僕のコレクションなんだ」
 図書館長は背筋を伸ばした。
「五年前の洪水でだいぶ濡れてしまってね。なんとかここまで復元したんだよ。この町の歴史が記された本が集められているんだ」

 それからエマは、熱心に図書館長のコレクションを読んだ。本はどれも古かったし、古めかしい言葉で書かれていた。
 エマは夢中になって読んだ。
 なぜだか前に読んだ気がするのだ。
 特に気に入ったのは、昔のおまじないの本だ。
 恋を叶えるまじない。嫌いな人のお腹を痛くさせるまじない。トウモロコシ粥が湧き出してくるまじない。

「ヒキガエルを十三匹なんて」
 エマは肩をすくめた。これはエマのくせ。
「どこから用意してくるのかしら」

 閉館間際に図書館長とおしゃべりするのも日課になった。
 図書館長は優しく目を細めている。あまり自分からは話さない。
 だからエマは今まで誰にも言わなかったことも、話してみる。
「相手の心を振り向かせるおまじないなんですって。ママがこのおまじないを使ったら、パパは戻ってくると思う?」

 図書館長は本を閉じた。本のタイトルは『不死身の人間』。
 くすんだ水色の表紙。
「僕は結婚をしたことがなくてね。人と人とがどうやったら両想いになれるかって、不思議に思うよ」
 
 エマは肩をすくめて、目をぐるっとさせた。

「エマのそのくせは」
 図書館長は微笑んだ。
「ロバートから受け継いだのかもしれないね」

 会ったこともない曾祖父母の血が自分の中に流れている。エマは時の流れを考えて身震いした。
 図書館長はこの町の生き字引だ。

「人の心というのは難しいものだね」

 図書館長はアドバイスをしたりしない。そこがいい、とエマは思っていた。
 エマがしゃべり、図書館長はそれを聞く。


 
 その日は雨が降っていた。
 この町で雨は珍しい。
 広場では移動遊園地の準備が進められていた。回転木馬を見てエマは胸をときめかせた。
 明日はいよいよお祭りが始まる。
 
 図書館の中はひっそりしていた。みんな雨の中わざわざ図書館に来たりしないのだ。
 雨の日こそ本がいいのに、とエマは思う。
 図書館長はどこへ行ったのだろう。こんな日に本の虫干しはしないはずだ。
 
 エマは裏口に回った。
 キャンプチェアは広げられていたが、図書館長はいなかった。
 ぐるりと周囲を見渡す。
 図書館の裏手はゆるゆるした斜面になっていて、その下に川が流れている。
 今日は川の音が近い。
 エマは川岸に黄色いアノラックを着た人影を認めた。着る色と季節を間違えちゃった場違いなサンタみたい。
 
 図書館長は水辺にしゃがみ込んでいた。
 苦労して立ち上がると土手を昇り始めた。右手に杖、左手にバケツを持っている。
 すごく歩き辛そう。
 
 エマは濡れた草に足を取られながら斜面を下り、図書館長からバケツを受け取った。
 図書館長はびっくりした顔をしていた。
「エマ。雨が降ると、みんな川に近寄らない。今日は誰も来ないと思ったよ」

 じゃあなぜ図書館長は川岸にいるの? とエマは尋ねたかった。
 エマの長靴の下で地面が滑る。
 バケツには水がたっぷり入っている。重い。

「これは川の水なの?」
 やっとのことで斜面を上がり、キャンプチェアに沈み込んだ図書館長に、エマは尋ねた。

 図書館長は顔を手で覆った。

「エマに頼みがある」

 お願いするときは、相手の目を見て丁寧に。
 エマはそういうふうに教わってきた。
 ひとの目を見てお願いできない頼み事は、何かを隠している。

「エマ。明日の夜、ここに来て欲しい」
 お祭りの夜だ。
「エマ。お願いだ。ロバートの写真を持ってきて欲しいんだ」


 濡れねずみで帰ってきたエマを、おばあちゃんは早めにベッドに押し込んだ。
 おばあちゃんはおかんむりだった。

「あなたのひいお祖父ちゃんのロバートは川に流されて亡くなったのよ。遺体さえ見付からなかった」

 エマは脳内で家系図を整理する。
 エマのママのママがおばあちゃんで、つまりひいお祖父ちゃんは、おばあちゃんのパパだ。
 パパがいなくなるっていうのは悲しいことだ。
 
 エマはこっそり起き出して、階段の踊り場で古いアルバムを広げた。
 ひいお祖父ちゃんの写真は数枚しかなかった。
 一人で映っているのは一枚だけ。
 軍隊の服を着ていた。
「絶対にばれちゃう」
 ため息。
 写真はアルバムの台紙とほぼ一体化していて、どれほど丁寧にはがそうと思っても、破れてしまう。

 アルバムを閉じかけて、エマは一枚の写真が挟まれているのを見付けた。
 ひいお祖父ちゃんの写真をはがさなければ気が付かなかったかもしれない。
 台紙の破れ目、曾祖父母の結婚写真の裏に隠れるようにして、小さな写真が挟まっていた。

「これはきっと小学生くらいの頃の、町一番の美人のエマで、こっちがロバートね」

 ひいお祖父ちゃんとひいお祖母ちゃんは、まったくもって美男美女だった。

「でもこれは誰?」

 ひいお祖父ちゃんの隣に所在なさげに映っている男の子がいる。
 三人ともかしこまってこちらを見ている。
 学校で撮られた写真のようだ。大きな写真をそこだけ切り取ったかのよう。

「誰かしら?」
 エマは迷った末にその写真を元の場所に挟み、重いアルバムを廊下の本棚に戻した。
 ロバートひいお祖父ちゃんの写真だけをパジャマのポケットにしまった。

 

 翌日。
 雨は上がり、ランタンが夜空に灯される。
 浮かれたお祭りを抜け出すのは簡単だった。コットンキャンディでべたべたの手を洗ってくるとおばあちゃんに言い残し、エマは宵闇の中を走った。

 図書館は真っ暗だった。
 裏口のキャンプチェアで図書館長は待っていた。
 図書館長の足元には昨日のバケツがあった。
 暗がりの中で、バケツの液体は水色に発光していた。図書館長の顔は青白く照らし出されていた。

 ポケットから写真を取りだす。

 エマはこんなに年寄りの人が少年みたいに泣くところを初めて見た。
 図書館長はロバートひいお祖父ちゃんの写真を胸にかき抱いた。

「エマの髪の毛を一本くれないか」
 図書館長は眼鏡を外し、涙をぬぐった。
「血を引くものの一部が必要だ。それで全て揃うんだ」

 図書館長の目とエマの目がまともにぶつかりあった。エマは初めて怖いと思った。
 図書館の周りはあまりに静かで水音だけがしている。
「一本だけ?」
 エマは断ることが出来なかった。
 図書館長の目は濡れたまつげに縁取られていたから。

 エマはポニーテールから髪を一本引き抜いた。
 図書館長はバケツの中の液体にロバートひいお祖父ちゃんの写真とエマの髪の毛を、そっと浸した。

 エマのおでこに雨粒があたった。
 降り始めの一粒。この町ではいったん降り始めると大雨になる。

「エマはもうお帰り」

 エマは動けなかった。
 バケツの水は発光をやめていた。
 お祭りの物音も聞こえない。しんと静まりかえった暗闇に、雨粒の音。川の水の音。
 そこに混じるぬかるんだ足音。

 エマは振り返ることが出来なかった。

 図書館長は眼鏡を外していた。
 眼鏡を外しているのに、図書館長にはエマの肩越しに、それが見えているようだった。
 濡れた草を滑ってくる足音。


「遊ぼう」
 エマの肩にそれの息がかかった。
 生臭い。ザリガニの水槽みたいな匂い。
 エマは振り返ることが出来ない。気配だけは濃密に感じられる。
 それは今にもエマの肩をとらえようとしていた。


「ロバート」

 図書館長が杖無しで立ち上がった。

「僕を選んでくれ。ロバート。今度こそ僕を選んで。エマじゃなくて、僕を」
 最後は悲鳴に近かった。

 エマは時の流れを思って身震いする。
 エマは十歳。次の夏は十一。
 じゃあ図書館長はいったい何年間、この言葉を言えずにいたのだろう。
 どのくらいロバートを待っていたのだろう。
 結婚もせずに、ずっと一人で。

 生臭い風が吹き去り、エマを運んでいく。


 その夜、エマは回転木馬に乗っている少年たちを見た。
 真っ暗な広場でそこだけがきらきら夢みたいに光っていた。
 二人の少年が遊び続けていた。一つの馬に一緒にまたがって微笑み合っていた。
 二人はエマに手を振った。


 いつの間にか、エマはずぶ濡れでおばあちゃんちのポーチに立っていた。
 ママとパパが飛び出してきた。
 もう真夜中になっていたことをエマは知らなかった。
 おばあちゃんから知らせを受けて、ママは都会から駆けつけたのだった。
 離婚したパパと一緒に。


 土砂降りの雨はトンプソン川を氾濫させ、図書館はきれいさっぱり流されてしまった。
 図書館長は見付からなかった。
 ロバートの軍服の写真も見付からなかった。

 夏休みの終わり、エマはおばあちゃんちから写真を一枚だけ持って帰った。
 誰にも内緒で。


《 完 》

なみ様の#noteでBL企画に参加させていただきました!

3つのお題はこちらでした!
・夏祭り
・ゾンビ
・水

 今回のお題も難しかった・・・・・・!本文文字数が4,993文字、ほんとにギリギリになりました。
 冒頭に作品紹介を載せたのは、「ほんとにnoteで BL?!」ってびっくりされる方がいるかなあと思ったためです。
 BL感の薄い話になってしまいましたが、お題をもらわなければ決して思いつかないような話が自分の中から出てきて、ありがたいことだなあと思いました。
 すごく自分らしい作品が書けた気がしています!

 今作を改稿し少し描写を足したものを、『サマーファントム』というタイトルで、エブリスタの妄想コンテストにも応募しました。あちらのほうが締切が早かったのでちょっとフライングしてしまいました。すみません。

 
 参加作品を読むのも楽しみにしています!
 なみさん、参加者の皆さま、いつも魅力的な企画をありがとうございます✨

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集