【突発即興短編小説】 ターゲット・マーケット
なみさん主催のこちらの企画に参加しています!
お題「ラストキス」の作品を30分以内で完成させるという激難課題です!
ミカは試着室の鏡に僕の背中を押しつけた。
「ねえ、リオ。あなたって女の子の服に興味があるの? それとも女の子になりたいの?」
どっちでもないし、どっちでもある。
これは、家に一番近いターゲット(大きなスーパーマーケット)でフレアスカートを手に取っていた僕の落ち度だ、とは思う。
ミカは五年生で同じクラスになったアジア系の女の子だ。何年か前にローズマリー・エレメンタリースクールに転入してきた。
勉強がむちゃくちゃできて、すぐさまクラスのリーダー格になった。そして、いつも、僕に対してすごく冷たい。
「スカートをはいて来いってオスカーに言われたんだ」
僕は白状した。早くこの状況から逃れたかった。女の子と二人で試着室に入ったままっていうのは、一般的にまずい、ってことは僕にも分かる。一般的には。
「まあ、あなた、オスカーに脅迫でもされているの?」
ミカは気遣わしげな表情になった。基本的には優しい子なんだ。いつも。僕以外には。
「脅迫じゃない。僕の意志なんだ。そこは心配要らないよ」
僕は言いながらミカを試着室から押し出そうとした。試着室はボックス状になっていて、出入り口には分厚いグレーのカーテンがかかっている。ミカはカーテンを後ろ手にぎゅっと閉めて、立ちはだかった。
これじゃ、僕の方が出て行くことも出来やしない。
「だってそのスカートの柄、さいあくよ」
僕がたまたま手に取ったスカートは、ふわっとしたミニ丈で、星の模様とマイリトルポニーの絵柄が全面に入っていた。女児用だ。
「ねえ。それともロリータコンプレックスをこじらせてるの?」
かんべんしてくれ。
僕は天を仰いだ。スーパーマーケットのほこりっぽい天井が見えるだけ。
「オスカーに、スカートをはいてきたら、キスしてあげるって言われたんだよ」
言ってしまってから、これをバラすのは、オスカーにとっても、まずいことかなと思った。
もっともオスカーは、誰とでもキスしてくれることで有名なのだけど。女の子でも男でも。ただしオスカーにキスしてもらうには、彼の出す条件をのむ必要がある。それも有名な話だ。
「さいあく」
ミカは唇をぎゅっと噛んだ。
「このスカートが適切じゃないのは認めるよ。たまたまこれを手に取ったときに、君が僕を試着室に押し込んじゃったのさ」
ミカは首を振った。
さらさらの黒い髪が揺れる。アジア人の髪ってつやつやしているんだな、と僕はこんなときに感心する。
「リオはオスカーが好きなの?」
ミカは泣きそうな顔で僕に尋ねた。
僕はハッとした。
もしかしてミカはオスカーのことが好きなんだろうか。オスカーはローズマリー・エレメンタリースクール始まって以来の美少年で、オスカーの振る舞いは、先生たちだって見て見ぬふりだ。もしかしたら、担任のミス・モリンだって一度くらいオスカーとキスしたことがあるのかも。
「ねえ。ごめん。ミカ。君を傷つけるつもりはなかった。ただ単にキスに興味があったんだ」
スカートを手にした恥ずかしいところを目撃されていながら、なんで謝らなくちゃならないんだろう。でも、ミカは、僕が何か言わなくちゃって思うくらい、青ざめた顔をしていた。
「ミカ、君、オスカーのこと好きなんだね。そうだろ?」
「あなたって、さいあく」
ミカは僕の手からスカートを奪い取った。
ミカのママがミカを呼ぶ声が聞こえてきた。たぶんシリアルの通路あたり。
「これはわたしがママに頼んで買ってあげるわよ」
「そんなことしなくていい」
僕たちは狭い試着室でもみ合いになった。 もみ合っているうちに、ミカが、唇を僕に押しつけた。
「リオのバカ。試すだけなら、誰でもいいじゃない」
僕はひとり試着室に取り残された。
僕の最初のキスは、女の子とする最後のキスになるのかも。
(本文1,538字)
