身につける短編小説 #2|Tree

身につける短編小説 #2|Tree
質問ノートを書き始めて、八か月が過ぎた。
ページは少しずつ埋まっていく。
「好きなこと」
「やってみたいこと」
「もし制限がなかったら。」
書けば書くほど、本当の私はノートの中にいるような気がした。
でも、現実はあまり変わらない。
仕事は続いている。
好きな仕事ではない。
毎日を過ごしているうちに、ノートだけが少しずつ厚くなっていく。
そんなある日。
彼が静かに言った。
「一緒に来ない?」
仕事の都合で、知らない国へ行くことになったらしい。
嬉しい気持ちより先に、不安が浮かんだ。
言葉もわからない。
実家を出たこともない。
知らない街。
知らない暮らし。
「私には無理かもしれない。」
そう思った。
でも、その夜。
ノートを開く。
八か月前の私が書いた言葉が目に入る。
『制限がなかったら、何をしたい?』
ページを閉じる。
ふと思った。
本当の私を隠したまま、一緒に暮らしたら。
いつか、そのことが理由で別れてしまうかもしれない。
どうせ、うまくいかないかもしれない。
だったら。
本当の私で行こう。
彼に嫌われるかもしれない。
うまくいかないかもしれない。
それでも、
隠したまま終わるより、
ちゃんと私でいたい。
私は、知らない街へ向かった。
だけど、
人は急には変われなかった。
言葉が出ない。
知らない人ばかり。
家に帰ると、
日本のテレビが恋しくなった。
何度も、
「帰りたい。」
と思った。
それでも、
少しずつ。
一人でバスに乗った。
本屋で絵本を買った。
カフェでコーヒーを飲んだ。
地図を見なくても歩ける道が増えた。
誰かから見たら、
何でもない毎日。
でも、
昨日の私にはできなかったことだった。
木は、一日では大きくならない。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつしか伸びない。
でも、
見えない場所では、
もっとゆっくり根を張っている。
あの頃の私は、
何も変われていないと思っていた。
でも違った。
私は毎日、
見えないところで育っていた。
そのことに気づいたのは、
ずっとあとになってからだった。
⸻
この物語は、
BOUNDARIES
Amulet Series「Tree」から生まれました。



¥4,100

¥7,000

¥6,800
