音と人の“象”?
もへさんのところの健太郎詩道場の第四弾です!
今回でいったん最終回!?
※「最終回」に「(仮)」みたいですw
今回のテーマは────
「音」
この言葉に“考えた”ことを詩にしました。
音の器
かつて 聴くことは “生存” だった
草むらのガサつく音に
「捕食者」を視て
遠雷の低い唸りに
「荒天」を悟る
音は 世界そのものであり
生き延びるための 切実な「知らせ」だった
けれど いつしか人は気づいた
知らせを 自らの手で組み替えられることに
安らぎの波長を重ねて
存在しない「安全」を作り
不穏な振動を混ぜて
傷つかぬ「スリル」を楽しむ
状況を知るための 受動的な器官は
状況を作るための 能動的な遊び場へ
そうして 今 僕は
音楽なしには いられない
なぜ 音楽があるのか
なぜ 逃れられないのか
それは 僕が
肉という名の袋に詰められた
震える「水」だから
電気信号という名の
形のない「パルス」だから
外界の波が 内界の波を揺らす
不協和音が 太古の警鐘を鳴らし
整った倍音が 母なる安息を呼び覚ます
音楽が良いのではない
僕が 音に 容易に浸食される
輪郭の曖昧な「波」なのだ
震えることでしか
象を保てない
共鳴する やわらかな器
それが
僕という「現象」
最後も難しかったです😅
前回の詩と被ってしまった~。
本当は、音→雨につなげたかったけど、せっかくなので、「音」に対して、自分が感じていることを言葉にしてみました。
詩作もこれで4回目。結局、迷走して、よく理解できないまま終わってしまった気もします。 でも、それで良いのかもしれません。
「何が良いのか(何が正解なのか)」なんて、本当は意味がない。
たとえば「良い音」という概念だって、たまたま僕ら人間にとって心地よいだけで、他の生き物からすれば全く違う意味を持つはずだから。
詩の正解は分からなかったけれど…… 僕の “今の考え” を、いつもとは “違った形(詩)” で残せたことは、とても良い経験になりました。
もへさん、健太郎さん、きっかけをありがとう!
▼おわりに
とは言え、音の影響は、計り知れない😳
僕自身は、音楽を奏でるスキルを持っていませんがw
憧れはすごくあります。 今からでも遅くないとは思うけれど、習得には時間がかかるし、毎日練習するほどの強い欲求までは……というのが正直なところ💦
実は一時、カリンバをやっていたこともあるんですよ?!
意外に面白くて、ほんの一時期ですが、家族で毎日1時間くらい練習してましたw でも………
やっぱり本当に好きじゃないと続けられないですよね?!
今はもうサボり気味で、弾けるかどうか怪しいです😫
それでも、音楽の影響はすごいと思います。
僕はたまに筆で字を書くんですが、聴いている音楽によって字の雰囲気が変わったりします。 もしかしたら、noteを書くときも、その時聴いている音楽によって「感じ」が変わっているのかも?
「音の波」は、人というフィルターを通して、文字や絵など他の創造物にも宿るのかもしれない。 だからこそ、漫画のような視覚メディアでも「音楽」を描くことが可能なのかな、と思ったりします。
漫画といえば、『BLUE GIANT』(石塚真一)、これはぜひ読んでほしい!
“音が見える”ということに ただ圧倒される名作です!
作中で、主人公に出会った人たちが、彼への印象を語るインタビュー風のシーンがあるんですが、それがまたいいんです。
ボクはこう思った。
「こいつはどうかしてるな」
「こいつ、かっこいいな」
…と。
……と、デケェことをする奴に出会い、心を揺さぶられる奇跡。 出会ったことで何かが変わる感覚。
読んでいると、そんな瞬間が自分にも起きたように錯覚するほどの熱量があります!
何かを奏でる手段は、必ずしも「楽器」でなくても良いのかもしれない?!(文章でも、絵でも?)
でも……やっぱり!
楽器で自分の「波」を生み出してみたいという “憧れ” は消えませんね😫
まぁ、なかなか難しい道のりなんだよな~
さて、今日もお付き合いいただきありがとうございました。
この問いが、あなたの新たな“問い”の入り口になれたなら幸いです。
引用作品:
BLUE GIANT
「こいつはどうかしてる」と言われるほどの熱を、 あなたは今、何に向けていますか?
記事とのリンク
何かを奏でる手段は、必ずしも「楽器」でなくても良い。音の力は、人を通して、全ての創作物に宿るという考えにつなげている。
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