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未来のためにできること?──僕たちは“止まれない”。

「ちょっと得したい」
「ちょっと儲けたい」
「ちょっと楽したい」。
そして、「ちょっと幸せになりたい」。

それは、僕たちが“ヒトいきもの”として当たり前に持つ、純粋な感情。でも、このささやかな思いが集まったとき、世界を飲み込むほどの大きなうねりを作る。

人間関係性”が動けば、エネルギーが消費される。
自然の大きな「循環」から、資源を切り離す行為になる。

僕たちが消費しているのは「蓄積された時間」である。化石資源も、森の木々も、過去の生命が途方もない時間をかけて蓄積してきた「貯金」。僕たちは今、その貯蓄を猛烈な速度で食い荒らしている。

満たされた幸せを手放したくないという恐怖。それもまた必然。
だから人は徐々に「もうちょっと」を望んでしまう。
動き出したら止まらない、激しい奔流。


逃げ場のない連鎖

では、物質や時間の消費を減らす代わりに、思考や共感といった「精神的・情報的エネルギー」の循環へシフトすればいいのか。誰かを応援したい純粋な「推し」の気持ち。それこそが正しい道のように思える。

しかし今、精神の世界への逃避すらも逃げ道にはならない。こうして思考を深め、AIを走らせるための動的・静的資源の消費。僕たちが精神活動を行えば行うほど、見えない場所で物理的なエネルギーが確実に消費されていく。

僕たちは、止まるわけにはいかない。

誰もが心の片隅で、SDGsを「詭弁」だと気付いている。

人間の活動を抑制する必要があるとわかっていながら、人間らしく在りたいと願う自己矛盾。


未来のための、最初の一歩

それでも僕は、諦めたくない?

“自分の範囲” で、諦めない。

他人が「ちょっとだけ」の得を手にした時に、自分も、と望む比較の欲望を抑えること。“孤立した欲望” を手放すこと。そして、生きている人との何気ない関わりの中で感じる幸せを、深く噛みしめること。

詭弁だとわかっていても、「未来のためにできること」と口にする。この矛盾に満ちた行為を残し、誰かに渡すというエネルギー消費すらも、意味があると思いたい。

未来から振り返ったとき、僕たちは「21世紀を創った人間」として刻まれる。正直、未来に “残す” のは、途方もなく難しいのかもしれない。
それでも、僕は諦めたくない。

目の前の小さな欲望を手放し、手の届く温もりを慈しむ。
それが、どうしようもなく人間らしい僕たちが踏み出せる、未来への第一歩なのだと思って───

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